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渇いた心に水を注ぐ
第16章 狂気から静寂へ〜賢人
「なんなの?
これ、一体どういうこと?」と母が言う。


圭人が真由子さんを抱き締めて、
背中や髪を撫でるのをぼんやり見ていると、
真由子さんの意識が戻ってきた。


「痛っ…」と小さな声を上げた後、
「あっ!」と言って圭人を見ると、
身体を震わせて圭人にしがみついて泣いている。


圭人は真由子さんを強く抱き締めて、
僕のことを殺したいほどの憎しみを込めた目で睨み付ける。


「もう一度、傷、見せてくれるかな?」
と僕が言うと、
「真由子ちゃんに触るな!」と強い口調で圭人は言った。


「跡に残るかもしれないから、
きちんと処置させて?」と重ねて言うと、
真由子さんが圭人に小さい声で囁くのが聴こえた。


「ごめんなさい。
私が自分でしたの」


そして、僕の方を見て、
「お医者様として、
診て頂けますか?」と、
静かな声で言った。


僕は濡れた脱脂綿で傷口をそっと拭ってから、
消毒用のアルコールで更に拭いてみた。


傷口が滲みたのか、
「痛っ…」と唇を噛み締めて涙を堪えた顔をする。

ほぼ、出血は止まっているけど、
不規則な傷痕は、おそらく残ってしまうだろう。


僕はそう告げて、
「本当に申し訳ないことをしました」と頭を下げた。


「私も…申し訳ありませんでした」と真由子さんが言ったので、
僕と圭人は同時に「えっ?」と言った。


「あの…。
亡くなった夫の話をされて、パニックになりました。
それに…純潔を護らなければと思ってしまって。
でも、ここで私が死んでしまったら、
圭人さんを哀しませてしまうし、
お兄様だって傷つけてしまって…
皆さまにとって最悪の結果を引き起こしてしまうことになるのに、
そこまで思い至らなくて…」と言って、
頭を下げて肩を震わせていた。


「いや、悪いのは兄貴だろ?
俺にクスリ飲ませて、
なんなら真由子ちゃんにもクスリ飲ませて、
襲うつもりだったんだろ?
酷いよ」と圭人が言う。

その通りだと、自分でも思った。


それなのに、真由子さんは静かな口調で続けた。


「でも、お兄様は色々なことが重なって、
お気持ちが辛くてどうしようもなかったんです。
私達、そのことを考えてなくて…。
それに、お兄様、無理矢理しようと思えば出来たのに、
途中で止まってくださったんですよ」




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