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ジュエリー
第1章 宝石は珊瑚に恋をする

女は天真爛漫だ。物怖じしない、世界の全てに愛されて、世界の全てを愛している、と腹の底から信じている類の人間だ。
珊瑚が女に気さくな心象を抱いたのも、けだし女が、つまるところ人との交際に慣れきっていたからだ。そこそこの私立大学を卒業して、中より上の企業に就職、円満な結婚生活、かくのごとき経歴は、彼女の優越意識を確立した。
彼女が村田広松と恋仲になったのは、五年前のことだという。成人した年端の時分、既に、大きなものに愛寵される安心感に恍惚とする体質を自覚していたようだ。
病院も、そういつも満室ではないらしい。幾分かアルコールの毒気にも慣れたこの病室も、今日からまた、しばらくは無人になるのだろう。
珊瑚が女と最後のはかなしごとに興じていると、彼女に、ふっと何かを思い出した気色が差した。
「ところで、私、大事なことを訊き損ねていたわ。貴女のご趣味」
「ないけど」
「最初の日、仰ったじゃない。お仕事の他に時間を費やすものを見付けられたから、寝不足になったんだって」
「──……」
確かに、そんなことも言っていた。
珊瑚は女に身を寄せた。ぱりっと糊の入ったシーツの表面が、僅かにへこんだ。
世間知らずのお嬢様、俗塵に咳き込めるだけの主体性も備わらない、残酷なまでに従順な、譎詐の被害者、かくのごとき令閨は、世界のまことのかたちを垣間見たならどんな顔を見せるのか。憫諒されるべきは自分で、妬むべきは今日まで建前の慈悲を傾けてやってきた弱者達ではなかったのかと、追考するか。
「っ……」
珊瑚は女の繊手をとって、中指のつけ根を唇で触れた。プラチナのリングに触れるかも知れない左手は、目路に入るのも良い気分がしない。
女のたゆたう双眸を眼差しに捕らえて、腕を引いて身体に触れる。指先にしっとりと吸いついてこんばかりの首筋、小さな顫えを孕んだ肩、鎖骨を撫でて、黒髪の影を映した耳許に、唇を寄せる。
「こういうことを、しているの」
珊瑚は、女の目にある種類の萌芽がちらついたのを、見逃さなかった。

