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ジュエリー
第3章 蜜月、そして酷愛

「部下に任せていた案件が行きづまっていてな、電話があった。今から出かけねばならん」
「帰ってきたばかりじゃない。外も暗いわ」
「終電が済んだら役所に泊まる。その時はメールする。お前と珠子は先に飯を食え。あいつの方は、……はは、もう一人前になったんだったな。良いから、俺のことは心配いらない」
魁偉な男が窮して硬い表情を解くや、細君の頭をくしゃりと撫でた。眉を透かしたロマンスグレー、その真下の黒曜石が、柔和な慈愛を表した。
「ええ、貴方。どうかご無理なさらないで」
細君の手が男のネクタイを整えてやる。
幸せな家庭に庇護された、事実その通りである細君は、男の悪戯な目に捕らわれる。片手首と共に。
「お前、……そんなに可愛い顔を見せるなよ。もう若者じゃないんだぞ。家を空けたくなくなるではないか」
「あらっ、三十五は年かしら?」
「すまんすまん」
男の不慣れなユーモアに、細君は朗らかにとり合った。
細君の手首はすぐにしみだらけの手から逃された。男の目にほのめく私愛、そこに深い悲しみが紛れる。
「真面目に会議をしてくるよ。今からでは間に合わんかも知れないが、お前に失望させたくない。あの頃、お前に苦労をかけた。お前は大学時分、たくさん友達がいた。友達と遊ぶより俺の側を選んでくれたのに、俺はお前に新しく出来た友達に嫉妬して、……怖くなったんだ。お前がどこかへ行くんじゃないかと心細くなって、俺はお前と珊瑚さんにあんなことを。お前は俺を許してくれた。珠子がいることが分かった夜、俺はお前に別れを切り出されるのではと腹をくくった」
だが、と、男の喉が低く唸った。

