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波の音が聞こえる場所で
第3章 自分を百回殴りたい
 新幹線駅はあと二つ。僕はここで大きなミスをした。
 終点新潟駅は県庁所在地の街。でもそこには僕が求める一杯飲み屋はない(多分あるんだろうけど、僕は県庁所在地の飲み屋を一軒一軒巡ったことがない)。もちろん僕の乗車券は終点まで行くことを想定して購入したものだ。でも何となく気が進まない。
 県庁所在地新潟市が悪いのではない。一杯飲み屋のあるなしなんて目を瞑ればいいことだ。しかし逃走者は人の目につくようなところに行かなはずだ。そしてここが一番大事なところなのだが、新潟市に到着したら、そのままJR上野駅を目指す自分がひょっこり現れるような気がした(そこまで自分が根性なしだとは思わないが)。
県庁所在地新潟市に辿り着けさえすれれば暮らすことに不自由はしないだろう。でもそれでいいのか? 僕は僕にそう格好よく問いかけたのだ。
 いくつか冷静になるタイミングがあった。でも僕はそれを無視した。その好機をそのまま見過ごしたのだ。
 もし今逃走を考えている人がいたなら僕はこう言いたい。格好よく問いかける自分なんて悪魔以外の何物でもない、と。
 素直に県庁所在地新潟市まで行けばよかったのだ。そうすれば僕は死の淵を見ずに済んだ。
「死の淵を見たって、ある意味凄いじゃん。そういう経験なかなかできないよね」という人がいるかもしれない。僕はそう言う人たちに大声で言いたい。死の淵なんて見るもんじゃない!まじで死にそうだったんだぞ!と。
 間もなく朱雀山城駅に着くとアナウンスが車内に流れた。僕はそのアナウンスにつられるように塾の教材しか入っていないぺちゃんこのデイパックを持って席を立った。デッキに向かう。自由席の車両を出るとき、デッキがじんわりとひえているのを感じた。
 このとき、デッキよりも外の方がギンギンに冷えているということを想像すればよかったのだ。でも僕はそんなこと想像しなかった。魔法が僕にかけられて、僕の中に駆け巡っている思考という経路もまた遮断されていた。
 二十三時十二分、新幹線がゆっくり止まる。自由席の車両のドアが開いた。尋常じゃない冷気がデッキで立つ僕に体当たりしてきた。その魔物のような冷たい空気は、僕を自由席に押し戻すのではなく、僕の手を思いきり引いて朱雀山城駅のプラットホームに出した。
 そうだ、今考えればあれは僕の意志なんかじゃない。朱雀山城駅の意志に違いない。
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