• テキストサイズ
波の音が聞こえる場所で
第3章 自分を百回殴りたい
 ビジホの真向かいにコンビニが見えた。これが幻だったら非常事態だ。僕は僕なのかもしれないが、僕はすでにこの世から離れつつある僕になってしまう。
 この世で見る最後の風景ががコンビニだなんて何だか悲しい。できれば好きな人の笑顔で送られたい……でも僕は誰が好きなのだろうか。
 片側二車線、つまり四車線を挟んだ向こう側を僕はガン見した。間違いない、あれはコンビニだ。あのコンビニが虚像の建物でも構わない。幻にすがることしか今生きる方法が見つからない。これを逃したら次に現れる世界は間違いなく現世ではなく別の世界になっているだろう(若干、いや相当弱気だが)。這ってでも僕はあのコンビニに行く、絶対に行くんだ!
 右を見て左を見て車が来ないことを確認した。人がいない街は車も少ない。体が思うように動かないせいもあって四車線の道路を渡るのに時間がかかった。それでもようやく道路を渡り終え、僕はコンビニの前に立った。コンビニは消えてはいなかった。コンビニの自動ドアが開いた。
 僕はふと親父を思い出した。小さいころ僕の親父は僕をコンビニに連れて行くと、店に入る前にいつもこう言っていた「開いててよかった」と。
 毎度同じセリフを言う親父に僕は訊ねた。
「何でいつも『開いててよかった』なんて言うの?」
 店なんだから開いているに決まっている。それにドアが開いた瞬間を狙って言う親父が気に食わなかった。
「あのな」
 親父はそう切り出して、何故「開いててよかった」と言うのか、その理由を僕に説明した。
 今でこそ二十四時間営業が当たり前のようになっているコンビニだが、コンビニという店が日本で広まりはじめた頃の営業時間は、朝の七時から夜の十一時までだったそうだ。当時夜の十一時まで開いているいわゆる何でも屋は日本ではほとんどなかったようで、結果深夜の十一時まで営業しているコンビニは残業を終えて帰宅する会社員の最後の砦であったようなのだ。
 そんな会社員がコンビニに入って一言「開いててよかった」と笑顔を交えて言う、そういうテレビCMが世間を席捲したとかしないとか。そういうことを親父は僕に教えてくれた。
 誰にも歴史があるようにコンビニにもそういう歴史があったのだ。
 そして僕は思わずこう言った。
「あってよかった」
 CMの台詞を真似したのではない。これは僕の心から漏れた偽りのない台詞だ。
/66ページ
無料で読める大人のケータイ官能小説とは?
無料で読める大人のケータイ官能小説は、ケータイやスマホ・パソコンから無料で気軽に読むことができるネット小説サイトです。
自分で書いた官能小説や体験談を簡単に公開、連載することができます。しおり機能やメッセージ機能など便利な機能も充実!
お気に入りの作品や作者を探して楽しんだり、自分が小説を公開してたくさんの人に読んでもらおう!

ケータイからアクセスしたい人は下のQRコードをスキャンしてね!!

スマートフォン対応!QRコード


公式Twitterあります

当サイトの公式Twitterもあります!
フォローよろしくお願いします。
>コチラから



TOPTOPへ