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波の音が聞こえる場所で
第3章 自分を百回殴りたい
 おにぎりとパンの美味しさが体中にしみわたる。でも満腹には程遠い。そして二つ折りの薄い財布から夏目漱石が一人いなくなった。僕の腹はもっと食べたいと僕にせがむが、残念ながらその要求をのむことはできない。
 スマホを持っているときなんか、おにぎりの値段なんて大して気にしていなかった。ところがどうだ、おにぎりとパン二個が僕の夏目漱石をあっさりとさらっていったのだ。
 インフレーションが僕を襲う。少しだけ腹が満たされると朱雀の寒さが僕を襲撃してきた。インフレと朱雀、目には見えないが強敵だ。
 おにぎりとパン二つを食べ終わり、僕はそれらを包んでいた袋をゴミ箱に捨ててもう一度コンビニに入った。
「すみません」
 僕はレジにいる店員さんにそう声をかけた。どきりとした。さっきは空腹で店員さんの顔なんてろくに見ていなかったのだが、レジの店員さん、僕のストライクゾーンの人だった。
 四十代前半、あるいは半ばくらいのどことなく影がありそうな人。ついでに言えば背はそんなに高くなくて、太ってはいないし、だからといってガリガリでもない。肩にかかるくらいの髪をポニーテールのように一つ結びしている。そして見事なすっぴん。参った、恋に落ちそうだ。素の自分を見て欲しいと堂々と訴える女。僕はこういう女に惹かれる。
 いや待て、そんなことなんてどうでもいい。目の前の女性がストライクゾーンだろうが、外角低めのボールだろうが、今の僕にはそれに対処する余裕はない。僕は逃走者なのだ。
「……」
 僕のストライクゾーンが……ではなく店員さんは何も言わずに僕の次の言葉を待っている。
「この辺に温泉とかありますか?」
 腹の虫のストライキを何とか収めた僕は、図々しく温泉のことを店員さんに訊ねた。
「……吉田君」
 店員は店の奥の方で酒のつまみなんかの商品を棚に入れているもう一人の店員を呼んだ。
「……」 
 僕は少しがっかりした。この空間には僕と僕のストライクゾーンだけかと思っていたからだ。
「吉田君、この辺の温泉はやっぱり弥彦か岩室よね」
「だと思います」
 吉田君と呼ばれた店員さんは、僕の脇に立って僕をじろりと見上げた。それから彼はコートを羽織っていない僕を上から下まで、それからまた下から上まで何か見落としがないようにじっくり観察した。彼の目は性能に狂いがないエレベーターのように上下に動いた。
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