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波の音が聞こえる場所で
第3章 自分を百回殴りたい
 簔口さんと吉田君の好意で僕はなんとか凍え死ぬことだけは免れた。しかし、簔口さんと吉田君の優しさに甘えるつもりはない。コンビニのマニュアルに長居する客への対応があるのかそれともないのか僕にはわからない。あったとしても簔口さんと吉田君はそれを黙認してくれたのだ。
 僕はコンビニの隅で他の客に邪魔にならないようにしゃがんでいた。そして数回その場所を変えたりもした。最大限僕は簔口さんと吉田君が働くコンビニに迷惑がかからないよう僕は僕なりに工夫して(何だか変な言い方だが)暖房が入っている店内で過ごした。
「雑誌とか見てていいですよ」
 吉田君はそう僕に声をかけてくれたが、一宿お世話になってる身なので吉田君には「ありがとう」とだけ言って売り物である雑誌には手を伸ばさなかった。それが仁義というものだろう……違うかもしれないが。
 そして僕は気付く。こんなクソ田舎朱雀でも夜行性の人間はいる。いるなんてもんじゃない、うじゃうじゃいる。どうなってるんだ朱雀!どうなってるんだ新潟!どうなってるんだ日本!と心の中で僕は叫んだ。
 誰かが入れば誰かが帰っていく。誰かが帰れば誰かが入ってくる。その誰かは何か商品を持ってレジに行く。
「袋はどうされますか?」
 簔口さんか吉田君が客にそう訊ねる。
 いるという客もいればいらないという客もいる。買い物という行為だけは東京も朱雀も変わらない。当たり前と言えば当たり前だが。
 そんな光景を僕は場所を変えながらぼんやりと見ていた。何もしない僕の時間はなかなか過ぎてくれない。簔口さんや吉田君の手伝いをしたかったが、それはこの店では許されないそうだ。
 コンビニの時計が四時を過ぎた頃だった。店に来る客も一段落したようだ。吉田君が僕のところにやって来た。
「日帰り温泉だったらこの宿が一番安いですよ」
 吉田君はそう言って僕にスマホの画面を見せてくれた。
「……」
 僕は吉田君のスマホを覗き込んだ。スマホを捨てた人間が他人のスマホを頼るなんて何だか空しい。
「六百五十円、まじで安いと思いますよ。それにこの宿、弥彦駅のすぐ近くなんです」
「……」
 駅ちか、何と魅力的な言葉なのだろうか。もう一度言う、駅ちか。人の心を鷲掴みにする魅惑の単語……駅ちか。
 この言葉の持つ破壊力は東京も朱雀も変わることがない。
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