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波の音が聞こえる場所で
第4章 エンドオブザロードではなくエンドオブザ線路
「おばあちゃんお名前は?」と訊ねようとしたがやめた。「おばあちゃん」と言うのがなんだか失礼な気がしたからだ。
「お名前は? お名前は何というのですか?」
 僕は白髪の老婆にそう訊ねた。
「……」
 老婆はにっこり笑って、僕にしゃがむように右手を上下に小さく振った。僕は老婆の言うとおりにしゃがんだ。すると老婆は僕の左手を掴んだ。しわくちゃな老婆の小さな手で、僕の手のひらが天井に向けられた。
 老婆は僕の手のひらをノート代わりにして、右の人差し指で文字を書き始めた。一文字一文字、その度に老婆は「と・う・み・せ・つ・こ」と僕の手のひらに書いた文字を声に出して言った。
「とうみせつこさん」
 僕がそう言うと、老婆はにこりと笑った。もちろん僕はレディに歳を訊ねるなんて野暮なことはしない。
「僕は坂口翔と言います。親切にしていただきありがとうございます」
 老婆、いやせつこさんはまた笑った。
「おめさん、どっからきたんだてばね?」
「東京です」
「とおかったろがね?」
「新幹線で来ました」
「そらかね」
 会話成立。
 それから僕とせつこさんは手をつないだまま、待合室を出て改札口に向かった。発車時刻を知らせるアナウンスが待合室に流れたからだ。
 ゆっくりゆっくり、僕はせつこさんの歩調に合わせて歩いた。
 せつこさんは八時二十分発の電車に乗って隣の街朱雀の病院に行くのだそうだ。
 せつこさんはショルダーバッグからスイカを出すと、それを改札口の読み取り部にタッチして乗り場に出ていった。当たり前のように簡単に操作を済ますせつこさん。おそらくせつこさんは毎月? こんなふうにして隣街の病院に通っているのだろう。
「せつこさん、いつまでもお元気で」
 ビタミンCを入れたコンビニの袋を掲げて僕はそう言った。乗り場にいた何人かの乗客が僕とせつこさんの方を交互に見たけど、僕は全然恥ずかしくなかった。
「かけるくん、がんばんなせや」
 せつこさんは小さな手を僕に振ってそう言ってくれた。
「がんばります! ありがとうございました」
 大きく一回頭を下げてから、僕もせつこさんに手をふった。逃走者が何をがんばるのかなんてどうでもいい。僕はせつこさんから「がんばれ」と言われたのだ。だから僕はがんばる。がんばることに迷いを感じる方が絶対におかしい。何が何でも僕は僕の逃走、冒険を成功させやる。
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