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波の音が聞こえる場所で
第5章 湯口の上の狸に独り言をぶちかましてやる

エンドオブザ線路をぐるりと回って僕は弥彦駅の裏側に来た。山水旅館を背にして見るJR線弥彦駅。僕は神社のようで神社でない駅舎に向かって深く頭を下げた。そして二礼二拍一礼の作法で逃走を支えてくれた神様に感謝した(もちろん神様は僕の逃走を支えるなんてことはしていない)。
「おはようございます」
僕は弥彦駅に向かって朝の挨拶をした。
「おはようございます」
「……ん?」
何だか僕の後ろからおはようと言われたような気がする。僕が後ろを振り返ると、七十くらいのおじいさんが立っていた。彼は調理白衣の上にグレーのダウンを羽織っていた。この季節、ダウンは新潟で外すことができないアイテムのようだ。
「ひょっとしてお風呂のお客さんですか?」
「はい、お風呂のお客さんです」
「どちらからお出でになったんですか?」
にこりと笑って彼は僕にそう訊ねた。せつこさんもこの料理白衣の上にダウンを羽織っている彼も笑顔がなんだか素敵だ。
「東京から新幹線に乗って来ました」
「遠いところから大変でしたね」
「全然オーケーです。新潟の人みんな親切なんでめっちゃハッピーです」
逃走しているせいなのか、まだ眠いせいなのか僕の使う日本語が……何だか変だ。
「ははは」
僕のへんてこりんな日本語に彼は大笑いした。きっとせつこさんも料理白衣の上にダウンを羽織っている彼も素晴らしい人生を送ってきたに違いない。だって目じりにできた皺がとても奇麗なのだ。綺麗な皺は美しい人生を過ごしてきた人にしかできない。
「あの、どうして僕が風呂に入りに来たのかわかったんですか?」
「吉田さんと言う男の人からさっき電話があったんですよ。ひょっとしたら背の高い男の人が風呂に入りに行くかもしれない。もしその人が行ったら入浴時間を少し早めてもらえないだろうかというお電話でした」
吉田君、めっちゃいいやつじゃん。
「十一時からですよね?」
「いつもなら」
「いつもなら、ということは?」
「宿泊されてるお客さんも朝の風呂が終わって朝食も済まされています。ですから」
「ですから」
僕はおじいさんの「ですから」の次の言葉が待てなかった。
「今お入りになっても構いません」
「まじですか!」
「ははは、まじです」
料理白衣を着たおじいさんが使う「まじ」と言う言葉、めっちゃカッコイイ。
「おはようございます」
僕は弥彦駅に向かって朝の挨拶をした。
「おはようございます」
「……ん?」
何だか僕の後ろからおはようと言われたような気がする。僕が後ろを振り返ると、七十くらいのおじいさんが立っていた。彼は調理白衣の上にグレーのダウンを羽織っていた。この季節、ダウンは新潟で外すことができないアイテムのようだ。
「ひょっとしてお風呂のお客さんですか?」
「はい、お風呂のお客さんです」
「どちらからお出でになったんですか?」
にこりと笑って彼は僕にそう訊ねた。せつこさんもこの料理白衣の上にダウンを羽織っている彼も笑顔がなんだか素敵だ。
「東京から新幹線に乗って来ました」
「遠いところから大変でしたね」
「全然オーケーです。新潟の人みんな親切なんでめっちゃハッピーです」
逃走しているせいなのか、まだ眠いせいなのか僕の使う日本語が……何だか変だ。
「ははは」
僕のへんてこりんな日本語に彼は大笑いした。きっとせつこさんも料理白衣の上にダウンを羽織っている彼も素晴らしい人生を送ってきたに違いない。だって目じりにできた皺がとても奇麗なのだ。綺麗な皺は美しい人生を過ごしてきた人にしかできない。
「あの、どうして僕が風呂に入りに来たのかわかったんですか?」
「吉田さんと言う男の人からさっき電話があったんですよ。ひょっとしたら背の高い男の人が風呂に入りに行くかもしれない。もしその人が行ったら入浴時間を少し早めてもらえないだろうかというお電話でした」
吉田君、めっちゃいいやつじゃん。
「十一時からですよね?」
「いつもなら」
「いつもなら、ということは?」
「宿泊されてるお客さんも朝の風呂が終わって朝食も済まされています。ですから」
「ですから」
僕はおじいさんの「ですから」の次の言葉が待てなかった。
「今お入りになっても構いません」
「まじですか!」
「ははは、まじです」
料理白衣を着たおじいさんが使う「まじ」と言う言葉、めっちゃカッコイイ。

