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波の音が聞こえる場所で
第5章 湯口の上の狸に独り言をぶちかましてやる
 僕に朝の挨拶をしてくれたおじいさんは山水旅館の御主人で料理長もしているそうだ。山水旅館で食事をしたいところだが、僕の財布の中身がそれを許してくれない。ていうか全く足りない。だから僕は山水旅館の朝食を想像することをやめた。そういう決断は、早ければ早いほど自分を苦しめないし惨めにしない。
 弥彦探索一旦中止。
 六百五十円をはらって僕は風呂場に向かった。脱衣所で服を脱ぐ。シャツにジャケット、ズボンにパンツ、裸になるのに時間はかからなかった。
 借りたタオルを肩に掛けて風呂場の戸を開ける。温泉の匂いが強くなって僕の鼻を通っていく。風呂場の奥の方に横に長い長方形の風呂が見えた。大人が五人も入れば込み合ってしまうような大きさだ。まぁ大人が五人入っている風呂の絵ずらは、あまり歓迎できるものではないが。全体的にこじんまりとした感じの風呂場。入って右側が洗い場だ。そして湯船の向こう側には窓越しに小さな庭が見えた。
 旅館の御主人が言っていたように、泊り客は風呂場にはいなかった。温泉を独り占めにできるなんて何だか気が引ける。六百五十円と言う格安の上に(ただ今の僕には六百五十円は大金であるが)入浴時間を早めてもらったのだ。でもありがたくお風呂をいただく。
 タオルを頭に乗せる。僕は洗い場にあった湯桶で湯舟から湯を掬い取って体にそれをかけた。温かい、そして生き返る。でももって僕はもう一度湯を体にかける。そしてもう一度。さらにもう一度。これではきりがない。そもそも温まりたければ、今すぐ湯の中に入ればいいのだ。しかし湯舟に浸かる前に僕はもう一度念入りに湯を体にかけた。
 神社を参拝するのに作法は必要だが、温泉に入る作法なんて僕は知らない(湯かけは常識で作法なんかには当たらない……多分)。仮にあったとしても僕はそんなつまらないルールは無視する。
 僕は立ちあがり右足の親指からそっと湯の中に入れていった。右足で風呂の中に立って、次は左足を湯の中に入れる、いや正確に言えば僕の左の足は温泉に導かれている。
 ゆっくりゆっくり。そして僕は体を湯の中に体を沈めていく。ゆっくりゆっくり。
「ふぅ」
 心と体の疲れが僕の口から出ていった。冷えた体に最初はぴりぴりと感じたが、やがてその感覚はすっと消えてほんわかとした温泉の温かさが僕を包んだ。両手と両足を湯の中で思いきり伸ばす。
 温泉に感謝。
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