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波の音が聞こえる場所で
第9章 安奈という女について
 自慢にならないが、僕は音楽を全く知らない。オールディーズに限らず今流行りの音楽だって僕には全くチンプンカンプンだ。JとかKがつくポップミュージックにかすったことすらない。そういう自分を不幸だと思ったことなどもちろん一度もない。
 そう言えば僕はカラオケに行った記憶がほとんどない。誰かを誘ったこともないし、「カラオケに行こうぜ」と誰かから誘われたこともない。
 だからカラオケに誘われないのは、僕の体から妙なオーラ(音楽とカラオケが好きな人間を寄せ付けない)が出ているのだと思う。
 断っておくが僕は音痴ではない。その証拠に僕の音楽の成績は見事なまでに小学校から高校まで3だった。2に落ちることもなかったし4に上がることもなかった。
 何が言いたいのか。僕が言いたいのは、僕は音楽には何の興味もないと言うことだ。そんな僕が、今甲斐バンドの「安奈」をいっちゃんと一緒に聴く。
 甲斐よしひろさんが歌い始めた。
 僕といっちゃんもちろん無言。耳を澄ましていっちゃんのスマホから流れてくる甲斐バンドの「安奈」に集中する。
―安奈ー
 人の文学レベルを試すような小難しい比喩なんかが全然なくて、とても心地よいド直球の歌詞が僕の構えたミットにズバッと入ってくる。その優しさと愛に包まれた温かな歌詞が僕の懐に入ってくると、どういうわけか僕は現実を素直に受け止めることができた(惨めだが)。
 想像する。するとある世界が僕の頭の中に広がった。世間ではこれを「目を瞑ると情景が浮かぶ」と言うのだろう。
 何だかせつなくて、苦しくて、一家団欒のクリスマスなんかじゃなくて、でも降り積もった雪の中に隠されてしまった愛は微かに息をしていて、その愛が小さく光っていて。
 僕はその小さな光を両手で包んで守ってやりたかった。消えるな!消えるな!と叫びながら、僕は小さな愛の光を守り続けたかった。
 「安奈」が僕の心にずどんと響いてる……ずっとずっと響いている。この曲から離れたくない。できることなら僕を1979年に連れて行ってくれないだろうか。SONYが作っためちゃくちゃ重いラジカセがそこらじゅうにある1979年を僕は見たい。いいじゃないか1979年。カモーン!1979年。
「いっちゃん、もう一回聴きたいんだけど、いいかな?」
「……」
 いっちゃんは無言だが、もう一度再生しようとしている。
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