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波の音が聞こえる場所で
第2章 JR上野駅と演歌についての考察、そして子供たち
「ふう」
 問題がどうにか解決しそうだ。少なくとも問題を克服するための道筋は見えた。直江という救世主。もちろんまだ直江に連絡していないので安心するのはまだ早い。ただ何となく、直江は僕の頼み聞いてくれるような気がした。
 地頭は僕なんかより断然いいし(仕方がない)、授業だって僕より上手いらしい(子供たちの情報)。ひょっとしたら塾だって僕より直江の方を歓迎するかもしれない。そう考えていくと僕は何だか悲しくなってきた。僕なんて最初から必要じゃなかったのかもしれない。
 直江の連絡先はスマホに保存されている。僕はその大切な情報ツールをぶち壊してしまった。まぁそこは塾に連絡を取れば直江の電話番号はわかる。解決策が見えて落ち着いてくると、物事の細かなところまで気付くようになった。悪くない兆候だ。
 そして今乗っている新幹線は直江の故郷を走っている。これが縁というものなのかもしれない。偶然と言われればそれまでだが。
 新幹線が温泉地で有名な駅に止まる。僕はカーテンを開いて窓の外を見た。雪は降っていなかった。一年前、この温泉街から去るときは雪が降っていた。大好きな人と僕は別れたくなどなかったが、僕の好きな人はもうこの街には(正確に言えば現世には)いない。
 今一番会いたい人、それは里奈だと僕は思った。情けないけど里奈に会ったら、僕は里奈を強く抱きしめて大泣きすると思う。涙が枯れるまで僕は泣き続けるだろう。きっと里奈は僕の苦悩を受け止めてくれるに違いない(確かにそれは僕の勝手な思い込みだ)。
 何ならここで降りて、またスノボをして、それからまた大けがをしてあの病院に入院することもありかもしれない。僕の顔を見ては嫌味を言っていたあの看護師さん……名前は……そう、足立看護師。足立看護師の存在さえ我慢すれば入院生活も悪くないはずだ。そして里奈が突然現れて僕を誘う。
 いやいやダメだダメだ。それはもはや逃走ではない。僕は逃げているのだ。だから僕はJR上野駅から新幹線に乗って北に向かった。僕の行き先は山じゃない。海、海辺の街、そして居酒屋ではない一杯飲み屋。四十くらいの訳アリ風な女将さんが「いらっしゃい」と僕を迎えてくれなければならない。
 僕のくたびれた顔を見た女将さんは僕にこう問いかける。
「お客んさん、どうかなさいましたか?」
と。
 僕はこう答える。
「逃げてきました」
と。
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