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正義と道徳のアクメ
第7章 これだけ顔を寄せ合って唇が触れなかったことがあっただろうか!
「それに、荷物…いつの間に?」
「えーっ?学さん、視線で「荷物持ってきて!」って言ってたじゃない」
「あ、い…言ってないけど…でも、ありがとう…」
「お金とか道義の雷持たずにどうやって逃げるつもりだったの?」
「あぁ…俺って本当にダメだな…しかも女性に荷物持たせるなんて道徳的にも…」
「ほんと、ダメね…」
 腰を抜かしたように学がへたり込むと、啓子はしゃがんで目線を合わせた。
 ただひたすら無表情にこちらを見つめてくる啓子の猫目に、学は胸を潰されるように気圧された。

「ね…」
「な、何だよ…?」
「もしかして学さんって、私のこと…好きなの?」
 反射的に立ち上がった学の膝はガタガタと震え、肺はただただ息を吐かせ、喉の奥からは二十数年ぶりの嗚咽が間違いなく込み上げてくる。
「あ…あっ…当たり前だろうがっ!そうに決まってんだろうが…そんなことも分かんないで俺と一緒に旅してたのかよっ!」
「言ってくんないと分かんないよぉ!そんなの…」
 啓子の目からパタパタっ…と大粒の涙がこぼれる。初めて目にする啓子の涙。ひしゃげ切った顔があまりに不格好で愛嬌に欠け、自分と同じく啓子には泣く為の表情筋が全く発達していないのだとさらに愛しさが膨れ上がった。
「ごめん…ずっと…何か…タイミングとか…言えなくて…ごめん…」
「言って」
「え…?」
「言ってっ!」
 弱々しく差し出された啓子の手首を、学は折れんばかりに握り締める。
「す、好き…だ…初めて会った時から…なんて綺麗な女の子だろうって…」
「良かった…私、片想いなんだったらどこかで学さんを自由にしなくちゃって思ってたから…」
「どうして…?」
「死んで欲しくなかったから…好きな、人に…」
 表面張力で踏ん張っていた学の目からもパタパタパタっ…と涙が落ちる。
 唇を震わせ、鼻をすする啓子。
「学さんの泣き顔、めっちゃブサイク」
「そっちだって…」
 夜闇に沈んだままの、今駆け下りてきた山の中腹を学は見上げる。誰かが追ってくる気配があるのか無いのかすら分からなかった。
「なぁ、死ぬなら今…って感じなのかなぁ?」
「どうだろ…でも、学さんは死んじゃダメ…あぁんっ…!」
 学は逆くの字に曲がるほど強く啓子を抱擁すると、塩辛い唇へむしゃぶりついた。啓子も流涕に粘り気の増した唾液にまみれた舌を絡め返した。
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