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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第1章 壱
さして広くはない三門屋の店内に異様なほどの気づまりな沈黙がひろがった。誰かが指で少しつつけば、すぐにでもパチンと音を立てて割れそうな緊張感を孕んでいる。
突如として、その沈黙を大きな笑い声が破った。男は何がおかしいのか、お民を見つめて声を上げて笑っている。
三門屋に比べれば、ゆうに頭二つ分は上背があり、身の丈の高い源治と比べても同じくらいだろう。小麦色の膚に切れ長の二重の眼(まなこ)は生っ白い三門屋と並ぶと実に対照的で、精悍なという形容がふさわしいのかもしれない。
が、その瞳は怖ろしいまでに冷え冷えとして、その鋭い視線に見つめられただけで瞬時に身体の芯から凍りついてしまいそうだ。
燃え尽きた後の空しさとでもいうのだろうか、瞳の中に虚無感さえ湛えた醒めたまなざしに見つめられると、普段から怖いもの知らずのお民も知らず膚が粟立つようだ。
男はお民に鋭い視線を注ぎながら、ひとしきり笑っていた。嘲りとも取れるその乾いた笑いもまた不気味で、地獄の底から響いてくるかのような声に思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
その場を取り繕うような三門屋の声が、際限もなく続いてゆきそうな男の笑い声を遮った。いつもは要らぬお喋りばかりして―と三門屋の長口舌を苦々しく思うお民もこのときばかりはホッとしないわけにはゆかない。
「旦那さま、どうぞ中にお戻り下さいませ。このような店先でお話ししただけでお帰り頂いたとあっては、この三門屋の面目が立ちませぬ。ささ、どうか」
三門屋に促され、〝うむ〟と男が立ち上がる。三門屋が眼顔で帰れと言っているのが判り、お民は丁重に頭を垂れた。
「それでは失礼致します」
店を出てゆくお民にはもう一瞥もくれず、男は三門屋の後に続いた。
「あれが例の女でございます」
三門屋のいきなりのひと言に男は愕きもせず頷いた。
男はしばらく声もなかったが、やがてポツリと洩らす。
突如として、その沈黙を大きな笑い声が破った。男は何がおかしいのか、お民を見つめて声を上げて笑っている。
三門屋に比べれば、ゆうに頭二つ分は上背があり、身の丈の高い源治と比べても同じくらいだろう。小麦色の膚に切れ長の二重の眼(まなこ)は生っ白い三門屋と並ぶと実に対照的で、精悍なという形容がふさわしいのかもしれない。
が、その瞳は怖ろしいまでに冷え冷えとして、その鋭い視線に見つめられただけで瞬時に身体の芯から凍りついてしまいそうだ。
燃え尽きた後の空しさとでもいうのだろうか、瞳の中に虚無感さえ湛えた醒めたまなざしに見つめられると、普段から怖いもの知らずのお民も知らず膚が粟立つようだ。
男はお民に鋭い視線を注ぎながら、ひとしきり笑っていた。嘲りとも取れるその乾いた笑いもまた不気味で、地獄の底から響いてくるかのような声に思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
その場を取り繕うような三門屋の声が、際限もなく続いてゆきそうな男の笑い声を遮った。いつもは要らぬお喋りばかりして―と三門屋の長口舌を苦々しく思うお民もこのときばかりはホッとしないわけにはゆかない。
「旦那さま、どうぞ中にお戻り下さいませ。このような店先でお話ししただけでお帰り頂いたとあっては、この三門屋の面目が立ちませぬ。ささ、どうか」
三門屋に促され、〝うむ〟と男が立ち上がる。三門屋が眼顔で帰れと言っているのが判り、お民は丁重に頭を垂れた。
「それでは失礼致します」
店を出てゆくお民にはもう一瞥もくれず、男は三門屋の後に続いた。
「あれが例の女でございます」
三門屋のいきなりのひと言に男は愕きもせず頷いた。
男はしばらく声もなかったが、やがてポツリと洩らす。