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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第1章 壱
 小首を傾げるお民に向けられた男の表情がわずかにやわらぐ。殺気すら漂わせていた剣呑な瞳がやや細められた。それはよくよく注意して見ていなければ見落としてしまうほどの些細なものだったけれど、お民は男の表情の変化を見逃さなかった。
 お民が男の言葉の意味をなおも計りかねていると、男が口の端を引き上げる。当人は笑っているつもりなのかもしれないが、ちっともそんな風には見えず、皮肉げに口許を歪めただけのようにしか見えない。
「そのような紙でできた花を幾本作ろうと、所詮は、はした金にしかならぬであろうに。身を粉にしてせっせと作って、一体、いかほどの金になろう」
 そこまで言われ、お民はやっと男の問いを理解した。
 紙の花を作るような内職をして一体、どれほどの賃金になるのだ、労を要する割には、収入は知れているだろう―と、皮肉られているのだ。
 刹那、お民はムッとして、腹立ちを抑え切れなかった。
―私が何をしようと、あんたには拘わりのないことでしょ。放っておいてよ!! そういうのが小さな親切、大きなお世話よッ。
 と持ち前の気丈さで威勢よく返してやりたかったが、流石にこの場ではそれもできそうにない。
 相手の男はどう見ても武士、しかも上物の着物を身に纏っていることからして、身分のある侍のように見える。ここで面と向かって楯つくのが利口なやり方ではないことは、お民にだとて判る。
「お言葉にはございますが、お武家さま。お武家さま方にはお武家さま方の暮らしがあるように、私ども町人には町人の暮らしがございます。お武家さま方が大切に思し召される物と我ら町人が大切にする物がそれぞれ異なるように、自ずと価値観も違いましょう。私は私の大切に思う家族のために、引いては自分のために日々働き、こうして生活の糧を得ております。そのことを他の方にとやかく言われる筋合はございません」
 と、脇から、三門屋が素っ頓狂な声を上げた。
「旦那さま、申し訳ございません。何分、礼儀も何もわきまえぬ町家の女の申すことにございますゆえ、お許しのほどを」
 お民の言い様があまりに直截であったため、怒り狂った男がこの場で抜刀でもしてはと危ぶんだからに相違ない。
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