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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
重箱には、岩次が今夜の残り物を詰めてくれた。卵焼きや金平が入っている。岩次の料理の腕は確かだ。飯屋の主人にしておくのは惜しいほどだが、それものはず、若い時分は名の知れた料亭の板前をしていたという。が、喧嘩っ早いのが禍して、先輩の板前と派手な喧嘩をした挙げ句、相手を殴り倒して気絶させるという事件を起こし、店を辞めた。
その時、そこの料亭で働いていた仲居と所帯を持ち、小さな飯屋を始めた―、それが花ふくの始まりである。
だが、昔は喧嘩っ早かったのかもしれないが、今の岩次はどこから見ても気の好い好々爺だ。それに、岩次ほどの人がそれほどの喧嘩をしたのは、何らかの理由があったのだと思うと控えめに言うと、側で話を聞いていたおしまが笑った。
―この人、あたしがその兄弟子の板前にしつこく言い寄られてたのを見かねてさ。それで、カッとなって、ガツンとやっちゃったのよ。
物陰でおしまに迫っていた兄弟子をたまたま見つけた岩次が止めると、相手が逆に弟分の存在で生意気なと殴りかかってきたらしい。
―お前は余計なことを言うな。
岩次はいつになくムキになって、おしまをたしなめたが。
おしまは嬉しそうに笑い、岩次の方は年甲斐もなく頬を赤らめていた。
花ふくに勤めて始めたことで、また新しい出逢いがあった。
たまに酔客に手を握られたり、尻を撫でられたりすることもあったけれど、お民だって、もう十代の小娘ではない。言い寄ってくる客は適当に受け流してあしらい、身体を触る客の手は遠慮なくピシャリと叩いてやった。
むろん、初めの頃は、いきなり客に後ろから着物の裾を脹ら脛が露わになるほど捲られ、悲鳴を上げたこともあった。その声ですわ何事かと岩次が飛び出してきたこともあったほどだ。
岩次もおしまも良い人たちだ。子どもにこそ恵まれなかったが、人生を互いに労り合い寄り添って、ここまで歩いてきたのだ。
源治と自分も歳を重ねた時、あんな風な夫婦になれたらと願わずにはいられない。
花ふくを出てしばらくはまだ商家が並び立つ大通りをゆくが、直に四ツ辻に至る。筆屋と仏具屋が通りを挟んで向かい合う角を左に曲がれば、もう人気のないひっそりとした小道に差しかかった。
その時、そこの料亭で働いていた仲居と所帯を持ち、小さな飯屋を始めた―、それが花ふくの始まりである。
だが、昔は喧嘩っ早かったのかもしれないが、今の岩次はどこから見ても気の好い好々爺だ。それに、岩次ほどの人がそれほどの喧嘩をしたのは、何らかの理由があったのだと思うと控えめに言うと、側で話を聞いていたおしまが笑った。
―この人、あたしがその兄弟子の板前にしつこく言い寄られてたのを見かねてさ。それで、カッとなって、ガツンとやっちゃったのよ。
物陰でおしまに迫っていた兄弟子をたまたま見つけた岩次が止めると、相手が逆に弟分の存在で生意気なと殴りかかってきたらしい。
―お前は余計なことを言うな。
岩次はいつになくムキになって、おしまをたしなめたが。
おしまは嬉しそうに笑い、岩次の方は年甲斐もなく頬を赤らめていた。
花ふくに勤めて始めたことで、また新しい出逢いがあった。
たまに酔客に手を握られたり、尻を撫でられたりすることもあったけれど、お民だって、もう十代の小娘ではない。言い寄ってくる客は適当に受け流してあしらい、身体を触る客の手は遠慮なくピシャリと叩いてやった。
むろん、初めの頃は、いきなり客に後ろから着物の裾を脹ら脛が露わになるほど捲られ、悲鳴を上げたこともあった。その声ですわ何事かと岩次が飛び出してきたこともあったほどだ。
岩次もおしまも良い人たちだ。子どもにこそ恵まれなかったが、人生を互いに労り合い寄り添って、ここまで歩いてきたのだ。
源治と自分も歳を重ねた時、あんな風な夫婦になれたらと願わずにはいられない。
花ふくを出てしばらくはまだ商家が並び立つ大通りをゆくが、直に四ツ辻に至る。筆屋と仏具屋が通りを挟んで向かい合う角を左に曲がれば、もう人気のないひっそりとした小道に差しかかった。