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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
徳平店はこの道を更に先へと進み、更にもう一回角を曲がらねばならない。
夜 ツ(午後十時)を回ったこの時刻、昼間でも人通りの少ない道は、月明かりだけが白々と乾いた地面を照らしているだけだ。お民は心細く思いながら、なおいっそう早足になった。
そのときのことだ。お民はハッと我に返った。数歩距離を置いた後から、誰かが付いてきている。何より不気味な追跡者の存在を誇示するかのように、ひたひたと地の底を這うような脚音が闇に響いていた。
「あ―」
お民は口許を片手で押さえ、思わず悲鳴が零れ落ちそうになるのを我慢した。ここで恐怖の余り、取り乱して声を上げでもしたら、相手の術中にみすみすはまってやるようなものだ。真昼間、人通りの多い大通りならともかく、こんな猫の仔一匹見当たらぬ夜道で声を上げたとて、自分の居場所を徒に相手に教え留ようなものだろう。
そう判断し、ここはもう全速力で振り切るしかないと覚悟を決めた。ここの道を突き当たりまでいって角を曲がれば、もう長屋の木戸口が見えている。その場所からであれば、大声を上げて助けを求めれば、あるいは誰かに気付いて貰えるかもしれない。
丁度、曲がり角には小さな稲荷社の祠がある。近隣の人々からは〝捨て子稲荷〟とも呼ばれているここは、この前にしばしば赤児が棄てられていることから、この名で呼ばれるようになったという。実際にここで拾った子を徳平店でも子のない浪人者夫婦が我が子として育てていた。
お民自身、兵太を失った直後は、捨て子でも育ててみようかと本気で思案したこともあったほどだ。
あの捨て子稲荷の前まで走れば、何とかなる。お民はともすれば挫けそうになる我が身を奮い立たせ、一挙に勢いをつけて走った。
幸いにも十六夜の月が心強い味方となってくれる。真昼のように明るい光が脚許を照らしている中、お民は一心に走った。
距離にしても、たかだか知れているから、走ったのはほんの一刻のときであったはずだ。それでも、死に物狂いのお民にとっては随分と走ったように思えた。漸く捨て子稲荷の前まで辿り着き、荒い息を吐きながら辺りを見回した時、既に脚音はふっつりと絶えていた。
幾ら耳を澄ませてみても、不気味なあの脚音は聞こえない。
夜 ツ(午後十時)を回ったこの時刻、昼間でも人通りの少ない道は、月明かりだけが白々と乾いた地面を照らしているだけだ。お民は心細く思いながら、なおいっそう早足になった。
そのときのことだ。お民はハッと我に返った。数歩距離を置いた後から、誰かが付いてきている。何より不気味な追跡者の存在を誇示するかのように、ひたひたと地の底を這うような脚音が闇に響いていた。
「あ―」
お民は口許を片手で押さえ、思わず悲鳴が零れ落ちそうになるのを我慢した。ここで恐怖の余り、取り乱して声を上げでもしたら、相手の術中にみすみすはまってやるようなものだ。真昼間、人通りの多い大通りならともかく、こんな猫の仔一匹見当たらぬ夜道で声を上げたとて、自分の居場所を徒に相手に教え留ようなものだろう。
そう判断し、ここはもう全速力で振り切るしかないと覚悟を決めた。ここの道を突き当たりまでいって角を曲がれば、もう長屋の木戸口が見えている。その場所からであれば、大声を上げて助けを求めれば、あるいは誰かに気付いて貰えるかもしれない。
丁度、曲がり角には小さな稲荷社の祠がある。近隣の人々からは〝捨て子稲荷〟とも呼ばれているここは、この前にしばしば赤児が棄てられていることから、この名で呼ばれるようになったという。実際にここで拾った子を徳平店でも子のない浪人者夫婦が我が子として育てていた。
お民自身、兵太を失った直後は、捨て子でも育ててみようかと本気で思案したこともあったほどだ。
あの捨て子稲荷の前まで走れば、何とかなる。お民はともすれば挫けそうになる我が身を奮い立たせ、一挙に勢いをつけて走った。
幸いにも十六夜の月が心強い味方となってくれる。真昼のように明るい光が脚許を照らしている中、お民は一心に走った。
距離にしても、たかだか知れているから、走ったのはほんの一刻のときであったはずだ。それでも、死に物狂いのお民にとっては随分と走ったように思えた。漸く捨て子稲荷の前まで辿り着き、荒い息を吐きながら辺りを見回した時、既に脚音はふっつりと絶えていた。
幾ら耳を澄ませてみても、不気味なあの脚音は聞こえない。