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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
 ホウと心から安堵の吐息をつき、その場にへなへなとくずおれるように座った。
 これもお稲荷さまのご利益かもしれない。などと、場違いというか、何とも手前勝手な解釈でとにかく小さな祠に向かって両手を合わせる。
 ここは祠といっても、別に神社のように広い境内地があるわけではなく、一角に小さなお社がぽつねんと建てられているだけだ。祠の側に一本だけ植わった桜の古樹はまた何とも貧相で、春になるとそれでも薄紅色の花をちらほらとつけるのが不思議なほどであった。
 この桜もあと十日もすれば、また可愛らしい花を咲かせる。その日暮らしの貧乏人にとっては、花見としゃれ込むゆとりも金もなく、せめてこの桜を見て通る度に、花を見て〝ああ、今年もまた春が来た〟と慌ただしく感じるくらいのものだ。
 小さな祠の真後ろはわずかな空き地となっているが、灯りとてなく、闇が凝って更に深い闇を作っているようである。月明かりもそこまで届いていないらしく、それこそお狐さまでも出てきそうな暗闇に、気丈なお民も薄気味悪く思いながら立ち上がった。
 これでまた遅くなってしまった。源治は心配しているだろうか、それともまた帰りが遅いと怒られるだろうか。
 良人の怒った顔を思い出し、首を竦めた時、前方の闇がユラリと動いたように見えた。
 眼の錯覚だろうか、疲れているのかもしれない。やはり、早く帰って今夜は寝た方が良さそうだ。お民が踵を返そうとしたのと、手前にぬっと大きな黒い影が立ちはだかったのはほぼ同時のことだった。
「きゃっ」
 お民はあまりの愕きに、悲鳴を上げた。
 影がゆっくりと動く。次第にこちらへと移動してくるのを、お民は茫然として眺めていた。
 ふいに月光がその影の主を照らした。月明かりに浮かびあがったその正体を見て、お民は更に声にならない声を上げる。
「そんな」
 端整な顔には何の感情も浮かんではいなかった。ただ黄泉の国から甦ったという死者のように、虚ろな表情でお民を凝視している。しかし、その眼だけは異様な輝きを放ち、お民を射竦めるような眼光は以前より更に鋭さを増している。
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