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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第8章 第二話・参
 かつて嘉門の屋敷で暮らしていた頃のように豪華な簪ではなかったが、お民にはこちらの方が数倍、やい比べものにならないほど貴重なものに思える。
「あなたなんか死ねば良い」
 お民は抜き取った簪を両手で持ち、頭上高く振り上げた。嘉門に向かって勢いつけて振り下そうとした。
 この男さえいなければ。
 この男が自分たちの幸せを粉々に打ち砕こうとさえしなければ。
 口惜しさが憎しみとなり、お民は男の胸を刺し貫こうと刃の切っ先に己れの感情すべてを込め、大きく振り上げた。
 が、その瞬間、呆気なくよけられ、逆に細い手首を掴まれた。すかさず腕をねじ上げられ、褥に組み伏せられる。反撃する間も与えず喉首を硬い大きな手で押さえつけられ、動きを封じられた。
「生憎だな、ハズレだ」
 ―決死の一撃で得られたものは結局何もなかった。その代償は、極限状態の状況。
「そなたの力では所詮、俺には適わぬ。良い加減で観念するのだな」
 無念がるお民の首を抗いがたい力で褥に押しつけたまま、嘉門はさも憐れむかのような眼でうそぶいた。
 くくっという酷薄な嗤い声が、苦痛に喘ぐお民の耳を制した。
「何なら、いっそのことこのままそなたの首を絞めて、殺してやっても良いんだぞ?」
 ええい、ままよと、お民は眼を閉じた。
 ここでしおらく哀願するなど、お民の気性ではできない。
 源治と二度と逢えなくなるのが何より辛いけれど、それもまた宿命だというのならば致し方のないことだ。いや、嘉門にまたしても辱められるよりは、いっそのことこのまま殺された方がよほど潔い。
「ここで私に生命乞いをせよとでも仰せられますか? どうぞ、お好きになさいませ。どうせ、生きていても甲斐のない生命にございます」
 素っ気ない口調に、男の怒りがなおのこと燃え上がったようだ。
「それは女ながら見上げた覚悟だ」
 お民の殺意を歓迎するかのような惛い嗤い顔で、嘉門がお民の首に回した両手にわずかに力を込める。
 吐息がぶつかりそうなほど近くに、嘉門の感情の読み取れぬ瞳が迫っていた。
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