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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第10章 第三話・壱
 老人は次第にこちらに近づいてくる。小柄で少し背を屈めるようにして歩く姿はかなりの老齢に見えた。紋入りの立派な羽織、袴を身につけているところから察すれば、かなりの身分の侍だと判る。
「ちと訊ねたいが、ここは一膳飯屋の〝花ふく〟でござるか」
 横柄というのでもないが、さりとて丁寧とも言い難い平坦な口調で老人が訊ねてきた。
 お民は眼を見開いて老人を見つめた。背を屈めているため年よりは老けて見えるが、実際にはまだ五十半ば過ぎかもしれない。髪は白いが、膚には存外に張りと艶があり、彼がまださほどに高齢ではないことを物語っていた。
 何より、その瞳には鋭すぎる光が宿っている。まるで獲物を天空の高みから狙っているような鷹のような油断ならぬ光を放っている。
「さようでございますが」
 お民が眼をしばたたくと、初老の男が小さく頭を下げた。
 お民も慌てて黙礼する。
「それがしが本日、こちらをお訪ね申したのは、事情がある」
 男はそこで人眼をはばかるように、鋭い視線で周囲を一瞥した。
「旦那さんは丁度今、仕込みの真っ最中ですけど」
 お民が控えめに言うと、男は無言で首を振る。
「それがしは飯屋の主に用があって参ったのではない」
 その科白に、お民の胸に俄に不安がさざ波立つ。
 一体、逢ったこともない侍が何用があって、わざわざ自分などを訪ねてきたのだろうか。
 お民は男を店の内へといざなった。
 花ふくは大きな机一つと、腰掛け代わりの空樽が幾つかでもう一杯になるほどの広さしかない。今、店は森閑としており、客の姿はなかった。
 お民が見も知らぬ侍を連れて入ってきたのに、板場から顔を覗かせた岩次の顔に一瞬、緊張が走る。
「旦那さん、お客人らしいんですけど、しばらく場所をお借りしても良いですか」
 岩次が眼顔で頷く。お民もまた無言で小さく頭を下げ、侍に椅子を勧めた。
 男はなおもしばらく店の中を見回していたが、やがて、空樽に腰を下ろした。
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