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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第10章 第三話・壱
「ホウ、そのようなたわ言でそれがしがあっさりと引き下がるとお思いにござりますか。お方さまが我が殿のご側室であったことは誰もが周知のこと。更に、その後、お方さまがお屋敷をお出になられた後、殿といかようなる拘わりがあって、ご懐妊に至ったかも我らは存じておりまする。一連のことは、お方さまの意に添わぬ出来事であったやもしれぬとそのお心をお察し致してはおります。その上で、それがし、今日はお方さまにこうして頭を下げてお願いに参りました」
 水戸部は白髪頭を深々と下げた。
「お方さまも既にご存じのごとく、当家にはいまだにお世継ぎとなるべき若君がお一人もおられませぬ。殿もはや、おん年三十九をお迎えになられました。殿のおん母君の祥月院さまも一日も早いお世継さまのご生誕を願われておいでにござりますが、残念なことに、お方さま以外に殿がお心を動かされた女人はおらず」
 嘉門の母祥月院お藤の方。お民を大切な一人息子を誑かした性悪女と断じ、何かにつけて苛め辛く当たったひとだった。
 お民の胸に石澤家で祥月院に投げつけられた心ない言葉や受けた仕打ちの数々が苦く甦る。
 あの女はいまだに嘉門の子誕生、石澤家の世継を諦めてはいないのだ。
 お民は膝の上で握りしめた拳に力を込めた。
「そちらさまのお家のご事情は私には一切関わりなきこと。私は三年前、永のお暇を賜ったそのときから、既に石澤さまとは何の縁もゆかりもなき身にございます。ましてや、その後に生まれた倅どもは石澤さまのお家とは何の関係もございません。どうか、この場はお引き取り下さいませ」
 お民の言葉に、水戸部の眼が光った。
「お方さまがあくまでもそのように仰せられるのであれば、是非もないことにござります。この水戸部、家老の新田どのを初め、重臣のお歴々ともよくよく談合を重ね、今回の役目を仰せつかりました。最早、殿に新たなお世継を期待することも叶わぬ上は、こちらにおわす若君のお一人をご世嗣としてお迎えするしか道はないと判断に至った次第。それがしも子どもの遣いではござらぬ。若君をお連れすることができぬでは、この皺腹をかっさばいてお詫びしてみたところでは済みませぬ」
 水戸部は立ち上がると、顎をしゃくって見せた。
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