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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第11章 第三話・弐
 あたかも、お民のような身分の賤しい女とはただのいっときも共に居たくないと言わんばかりの態度であった。祥月院が自分を町人だと蔑み、憎んでいたのは知っていたが、久々にこうしてあからさまに敵意のこもった眼にさらされると、今更ながらにこの女の自分に向ける憎しみが鋭い刃となって心を抉るようだ。
 お民は横たわるだけの我が子を見つめた。
 半月前、最後に逢ったこの子はあんなにも元気そのものであったのに、一体何があったというのか。
 水戸部の話では、龍之助は数日前から風邪を引き込んでいたという。何でも観月の宴を催すとかで、祥月院が夜、庭に連れ出したその翌日から、体調を崩したようだ。連れ出すとはいっても、廊下に毛氈を敷き、祥月院を初め、嘉門や龍之助、主だった石澤家の家族が居並び、明月を愛でたにすぎないのだが。
 とはいえ、二歳になるかならずの幼児には、夜風は良くなかったらしい。その翌朝から、咳や軽い発熱の症状が見られ、大事を取って医師の診察を受け処方された薬も服用していたにも拘わらず、二日前から俄に高熱を発し、枕も上がらぬ体になった。医師の診立てでは、どうやら肺炎を併発しているとのことだった。
 そして、昨日の夜、容体は更に悪化し、医師も難しい顔で首を振った―。祥月院はお民を呼ぶ必要はなしと最後まで言い張ったが、水戸部が当主である嘉門に願い出、急きょ、徳平店に知らせに走ったのである。
 お民が駆けつけた時、既に龍之助は意識を失っている状態であった。
 それでもお民は龍之助の小さな手を握りしめ、枕許で我が子の名を呼び続けた。
「龍っちゃん」
 握った手は愕くほど熱かった。
 顔は蝋のように白いのに、額も手も身体の至るところが異様に熱い。かなりの高熱を発している証であった。
 龍之助は練り絹の夜着を着せられている。
 このような豪奢な着物は、ここに連れられてくるまで着たことはなかった。だが、何が東照権現さま以来の譜代の名門だろう、五百石取りの殿さまの世継だろう。
 こんな贅沢な着物を着せられて、何不自由ない暮らしをさせていても、誰一人として本当に龍之助のことを考えてやる人はこの屋敷にはいなかったのだ!
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