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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第11章 第三話・弐
 わずか二歳にもならぬ幼児を夜風に当てた挙げ句、瀕死の状態に追い込んだのは他ならぬあの女、祥月院ではないか! 自分を賤(しず)の女(め)と蔑むのは良い。だが、龍之助はあの女にとっては孫になるのだ。何ゆえ、もう少し龍之助の身体のことを考えてやってはくれなかったのか。
 十月の気候は日中は汗ばむほどの陽気になるが、夜は結構冷えるのだ。そんな夜に幼子を外の風に当てるのが良くないことは、仮にも人の母となり子を育てたことのある女であれば、判るはずなのに。
 お民は今、生まれて初めて人を憎んだ。
 龍之助の小さな口が動く。
「龍っちゃん、龍っちゃん?」
 お民は龍之助の口許に耳を寄せた。
「どうしたの、何か言いたいことがあるの? おっかちゃんだよ」
 龍之助は苦しげに顔を歪めている。
「龍っちゃん、苦しいのかい?」
 お民は傍に置いてあった盥の水に手拭いを浸し、固く絞った。龍之助の顔を冷たい手ぬぐいで丁寧に拭いてやる。
 龍之助はなおもしばらく苦しげに口を動かしていた。その固く閉じた眼尻からつうっとひとすじの涙が流れ落ちる。
「龍っちゃん、苦しいの? ねえ、龍っちゃん。お願いだから、眼を開けてよ」
 お民は龍之助の手を握りしめたまま、その場に打ち伏した。声を殺して泣いていたその時、静かに襖が開いた。
 祥月院がまた戻ってきたのかと顔を上げたお民の眼に、三年ぶりに遇う男の貌が映っていた。
 お民に龍之助と松之助を生ませ、今また、お民の手から龍之助を奪っていった男だ。
 この男がお民の運命を狂わせ、折角手にしたささやかな幸せをすべてぶち壊してゆく。
 お民は頭を下げることもせず、嘉門を見つめた。
 嘉門の表情は相変わらず読み取れない。感情の一切を排除したような眼でお民を見下ろしている。
「何故、こんなになるまでお知らせ下さらなかったのでございますか」
 唇が戦慄き、声が小刻みに震えた。
「せめて意識の確かな中に、顔を見せてやりとうございました」
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