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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第11章 第三話・弐
「―済まぬ。こちらも高価な薬を惜しみなく使い、打てるべき手はすべて打ったのだが、このような仕儀になってしもうた。昨日は公方さまのご嫡男竹千代君の侍医曲(ま)無瀬(なせ)道源(どうげん)どのにもわざわざお越し頂き、診て頂いたのだ」
 嘉門の祖父は前(さきの)老中松平越中守であり、現老中は伯父に当たる。また、越中松平家は親藩、つまり将軍家との縁戚関係にある名門であった。そのつてで、将軍家世嗣の掛かり付け医を呼ぶことができたのだろう。
「曲無瀬どのは小児科の権威であり世に並ぶ者なき名医と謳われるお方ゆえ、万が一と一縷の望みを託していたが」
 嘉門はそれ以上を語らなかった。
 つまりは、その名医にすら見放された―最早見込みなしと宣告されたのだろう。
「そのようなこと、今更、何となりましょう」
 言い訳のように精一杯の手を尽くしたのだと繰り返す嘉門を、お民は恨めしげに見つめた。
「あなたさまは、いつもそう。私をこれでもかとどこまでも追いつめ、やっと手にしたささやかな幸せを台無しにする」
「お民―」
 嘉門が物言いたげに口を開きかけたその時。
 龍之助が急に苦しみ出した。
 まるで酸欠の金魚が水面から顔を出して喘いでいるように見える。
「龍っちゃん、龍っちゃん!」
 お民は気が触れたように我が子の名を呼んだ。
「誰かおるか、医者を呼べ、早うに医者を呼ぶのじゃ」
 嘉門の声が響き渡った。
 その間にも、龍之助はまるで引きつけを起こしたように、顔を歪め、白眼を剥いて、荒い呼吸を続けた。
「龍っちゃん、しっかりしてッ」
 お民は龍之助の手を握りしめ、何ものかに祈るようにその手を押し頂いた。
 御仏よ、どうか、この子をお連れにならないで下さい。この子は、まだ生まれてたったの二年しか生きてはいないのです。この世の何たるかもまだ少しも知らない哀れな子です。どうか、この子に寿命をお与え下さい。そのためならば、この私の生命と引き替えにしても構いはしません。ですから、どうか、この子をお助け下さい。
 お民は懸命に祈り続けた。
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