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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第11章 第三話・弐
「龍之助、しっかり致せ」
 嘉門の声が耳を打ち、お民は我に返る。いつしか嘉門が傍にいた。嘉門もまた何かに耐えるような表情で、病魔と闘う我が子を見つめていた。
 普段は冷え冷えとした光を宿す瞳が、このときだけは複雑な想いに揺れている。むろん、龍之助しか眼に入ってはおらぬお民は、そのときの嘉門の苦渋に満ちた顔に気付くはずもない。
 この瞬間ばかりは、嘉門は龍之助の父であり、お民は母であった。二人共に、消えゆこうとしている小さな生命の焔を繋ぎ止めようと必死になっていた。
 龍之助はなおもしばらく喘いでいたが、やがて、その苦悶も終わりを迎えるときが来た。
 荒い呼吸がふっと途絶え、握りしめていた小さな手から急速に力が失われた。
「龍―之助」
 お民は震える声で龍之助の名を呼ぶ。
「あ、あ、あ―」
 お民は烈しく首を振りながら、龍之助の顔を覗き込む。
 嘘だ。龍之助が死ぬはずなんてない。
 この子はまだ、たった一歳なのに。
 健やかであれば、龍之助は来月、二歳の誕生日を迎えるはずであった。
 だが、この子が歳を取ることはない。この子の刻は永遠に止まってしまった。
 嘉門が龍之助の開いたままの両眼をそっと手で閉じてやった。
「お民、抱いてやってはくれぬか」
 嘉門のひと声に、お民はハッと顔を上げた。
 嘉門が横たわったままの龍之助をそっと抱き上げ、お民に手渡す。まだ温かいその身体は、到底、既に刻を止めてしまったようには思えない。
 お民は涙に濡れた瞳で、龍之助を抱きしめ、我が子のやわらかな頬を撫でた。
 俄に部屋の外が騒がしくなった。
「嘉門どの、龍之助君がいかがしたと―」
 襖が開き、祥月院が現れた。その後ろに侍医らしい初老の総髪姿の男が畏まっている。
 が、嘉門は祥月院に首を振った。
 刹那、いつもは取り澄ました祥月院の面がさっと蒼褪めた。
「何ゆえ、その女が龍之助君をお抱き申し上げているのです」
 孫の死は死として、こんなときでさえ、この女はお民が龍之助を抱いていることが気に入らぬらしい。
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