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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第12章 第三話・参
 松之助を連れ去った男が武士らしいということは判っている。その事実から導き出される結論は―考えたくもないことだが、松之助が石澤家の手の者に攫われたのではないかということだった。
 お民の脳裡に、石澤家用人水戸部邦親の貌が甦る。最初の冷徹な能吏といった印象とは異なり、情理をわきまえた思慮深い人物であった。祥月院が反対する中で、龍之助危篤をお民に知らせ、その臨終に立ち合わせてくれたのも水戸部の尽力があったればこそだった。
 あの男が今また、残された松之助を連れ去ったとは考えがたい。であれば、水戸部ではない誰か、嘉門の意を受けた何者かの仕業か。
 その時、お民の中で閃くものがあった。
 違う、嘉門ではない。お民は龍之助が息を引き取ったときのことを懸命に思い出そうとした。
 あの、嘉門の取った行動は終始一貫して情理に適ったものであった。息絶えた龍之助を静かに抱き上げ、お民に抱いてやっと欲しいと言った嘉門。
 お民を一方的に詰るばかりか、龍之助の出生についてまで異を唱え、死んだ子をも貶めた祥月院をお民の前できっぱりとたしなめていた。
 石澤の屋敷にいた頃もお民の身体を求めることについては貪欲で、常軌を逸したところがあった男だが、その他―祥月院の前ではお民を幾度も庇ってくれた。そんな優しさを持つ男だったのだ。
 では、嘉門ではないとすれば、誰が松之助を連れ去ったのだろう。
 お民の瞼から水戸部の貌が消え、別の女人が浮かび上がった。白い細面の、美貌ではあるけれど、けして笑わぬ能面のような女。―他ならぬ嘉門の母祥月院だ。
 あの女人であれば、松之助を拉致することも、或いは考えられるかもしれない。龍之助が死んだと判った途端、実は嘉門の子ではなかったのだと言い出した身勝手な女。
 どのような想いで我が子を手放し、石澤家に託したか親の気持ちなぞ考えようともしないで、平気で死者を侮蔑した。
 あの時、お民の中の何かが吹っ切れたのだ。
 こんな女に、人の想いも気持ちもまるで将棋の駒のように意のままに操り、役立たずとなれば無情に捨て去る連中に何を期待しても無駄なのだと悟った瞬間だった。
 お民は決意した。
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