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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
 よくよく注意して見れば、嘉門の指先は小刻みに震えている。これは酒が切れたときに見せる禁断症状の一つ、つまり嘉門はそれだけ酒に依存し、溺れているという証でもある。
 ここまで酒浸りになっているとは、想像だにしていなかった。
 お民が言葉を失っていると、嘉門が口の端を引き上げた。
「そなたは阿呆か? 一体どこまでお人好しなのだ。嫌いな男に、身体の心配も何もないであろうに。やっと恋しい亭主の許に戻れたそなたを俺はまたしても卑劣な手段で取り戻そうとしているのだぞ?」
 少しの沈黙の後、フッと笑う。
 暗い眼にやや光が戻っていた。
「ま、それがそなたらしいといえば、そなたらしいところだがな」
「殿」
 お民は実に久しぶりに嘉門をそう呼んだ。
「私は人と人の出逢いは皆、御仏から与えられた縁(えにし)だと思うておりまする。縁の糸と糸が絡み合い、人は出逢うのだと。されば、殿とお逢いしたのも何かの縁であったのでございましょう。それが良かったのかどうかは私には判りませぬが、縁(えん)あってめぐり逢った方であれば、その人がみすみす不幸になるのを願いはしませぬ」
 お民の思いがけない言葉に、嘉門の切れ長の瞳がふと深い光を帯びる。
「お民、そなたは俺の不幸を願わぬというか? そなたをこれまでさんざん追いつめ、苦しめてきたこの俺が病になれば、良い気味だ、それこそ仏罰だと思いはせぬのか」
 嘉門の問いに、お民はゆっくりと首を振った。
「私は殿のご不幸を願うたことなど一度もございませぬし、殿が哀しまれるお姿を見たいとも思いませぬ」
 それは本心からの言葉であった。
 嘉門を憎んだことがないと言えば、嘘になろう。元々、嘉門との出逢いからして、けして好意を抱けるようなものではなく、その後も嘉門は卑怯な方法で何度もお民を拘束し、その身体を思うがままに犯したのだ。
 出合茶屋に連れ込まれたときは、嘉門を簪で刺し殺そうとさえした。しかし、あれは、けして心底から男の死を望んで刃を向けたわけではない。あのときのお民は無我夢中だった。何としてでも嘉門の毒牙から逃れたい一心でしたことだった。
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