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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
衝動的に身を守ろうとしたのだ。そこに、明確な殺意があるはずもなかった。
 かといって、今でも、嘉門を許しているわけではない。
 が、お民の気性からして、嘉門の不幸を願うということはあり得ない。あれほど憎んでいる祥月院でさえ、その死や不幸を願ったことはないのだ。
 嘉門が立ち上がり、縁側に面した障子を開け放った。
 花の香りを孕んだ風が夜風に乗って流れ込んでくる。
 夜陰にほのかに浮かび上がる花は沈丁花だった。鳴戸屋の庭にあるのと同じものだ。
 群がって咲く赤紫の花が月光に冴え冴えと光っていた。
 嘉門はしばらく月明かりに照らされた花を眺めていたかと思うと、振り向いた。
「お民、俺は恐らくはもう長くはない」
 お民が息を呑む。あまりにも衝撃的な事実だった。
「さぞ女々しき男だと思うだろうが、俺はそなたを手放してからというもの、酒浸りの日々を送っていた。その挙げ句がこの体たらくだ。我ながら馬鹿げているとは思うが、俺は、そなたなしでは生きてゆけなかった。その淋しさを紛らわせるために酒が必要だったのだ。養生すれば医者は二、三年は長らえるというが、寝たり起きたりの退屈な病人暮らしなんぞ真っ平でな。そなたを想いながら、潔く散るのも悪くはない」
「そんな―」
 一瞬、言葉を失ってしまう。
 もし嘉門の言うように彼が真にお民に惚れているというのならば、何という壮絶な愛し方だろう。
 源治のように春の光が根雪を溶かすように、じっくりと相手の心が解(ほど)けるまで待つ―、そのような愛し方もあれば、自分の想いが届かなければ、いっそのこと相手をも巻き込んで共に灼き尽くしてしまうほどの烈しい愛。
 もし源治が嘉門の立場であれば、たとえ惚れた相手が靡かずとも、女の幸せを思い、自ら身を退いて陰ながら見守る道を選ぶに相違ない。
 どちらの愛し方が良いとはいえないけれど、お民には嘉門のような烈しい愛し方は到底理解できない。
 それでも、嘉門の言葉に嘘がないことだけは、お民も理解できた。
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