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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
 この男の漆黒の瞳は、いつも奥底に静かで深い哀しみを湛えている。
 お民は嘉門の黒い瞳を真っすぐに見つめ返す。
「―いいえ。殿との出逢いがなければ、龍之助と松之助を授かることもありませんでした」
 恐らく、お民は最初から嘉門の子を宿し、生む宿命をその身に負うていたのだろう。二人の縁(えにし)の糸は今日、この瞬間まで途切れることなく続いていたに違いない。
 その縁が果たして二人にとって良かったのかどうかは判らない。龍之助と松之助は拉致され、手籠めにされた末に身籠もった子であった。
 だが、嘉門とお民が奇しき縁の糸で結ばれていたことだけは確かであった。
 この時、お民は瞳に無言の想いを込めたつもりであった。
 たとえ終生、名乗ることがなくとも、龍之助と松之助は嘉門の血を分けた子なのだと。
―親子の名乗りを上げなくても、あの子たちは紛れもなく、あなたさまのお子にございます。
「そうか」
 嘉門は深く頷き、笑った。
 いつもの皮肉げな笑みではなく、晴れやかな笑顔だ。
「それならば、良かった」
 嘉門は満足げに頷いた。
「松之助と共に徳平店に帰れ。そなたの帰る場所は、あそこなのであろう?」
「はい」
 お民は小さいけれど、はっきりとした声で応えた。
「行くが良い。子は後で水戸部が連れてこよう」
 お民は礼を言い、立ち上がった、
 ふいに夜風が吹き込んできて、花の香りが強くなった。
 嘉門は再びお民に背を向けて花を眺めている。
「俺がこうしている間に、出ていってくれ」
 お民は嘉門に向かって、深々と頭を下げる。
 四季の花を描いた襖を開けようとしたまさにそのときだった。
「お民」
 嘉門に深い声音で呼ばれ、お民は振り向いた。
 嘉門もまた振り向き、こちらを見つめていた。端整な顔に微妙な翳りが落ちる。
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