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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
しかし、それはそれとして、お民は自分にその瞬間(とき)与えられた場所で自分なりに力を尽くしたいと思っていた。他人(ひと)のために自分に何かできることがある―と考えること自体が思い上がりだと言われれば返す言葉もないけれど、それでも、自分でできることがあれば力の限り、相手のために働く、人とはそういうものだと思って、これまで生きてきたのだ。
たとえ意に添わぬ日々を強いられることになっても、与えられた宿命(さだめ)を嘆き、毎日泣いてばかりいるのは、お民の性に合わない。
お民がぼんやりと物想いに耽っていたその時、背後で襖の開く音がした。四季の花々を繊細な筆致で描いた襖にしろ、部屋にしつらえられた瀟洒な飾りつけ、調度などすべてが女主人を迎えるにふさわしい華やかな雰囲気である。
お民自身も屋敷の門をくぐったときに身に纏っていた粗末な木綿の着物から、派手やかな紫色の地に桜の花が金糸銀糸で縫い取られた豪華な小袖に着替えさせられていた。石澤家に仕える女中たちの手によって美しく化粧を施され、きちんと結い上げたつややかな黒髪に朱塗りの櫛が映えている。
お民が少し動く度に、櫛の傍に挿した桜の玉かんざしが揺れ、涼やかな音を立てた。明るい紫の着物を金色の豪奢な帯がいっそう際立たせている。
ふいに入ってきた男を、お民は両手をついて迎えた。
闖入者は大股で部屋を横切り、当然のように上座に座る。床の間にはこの季節にふさわしく墨絵で大胆に描かれた一輪の梅の花が掛軸として飾られている。その前にも白磁の大ぶりな壺に紅梅のひと枝が投げ入れられていた。
床の間を背にしてどっかりと腰を下ろした嘉門は、感情の窺えぬ瞳でお民を見据えてきた。冷えた鋭い眼光に射竦められ、あたかも見えない鎖で身体を縛り上げられ、一切の動きを封じられてしまったかのようだ。
男は少し距離をおいて座っているだけなのに、あまりの威圧感で金縛りに遭ったかのように身じろぎもできない。
緊張と怖ろしさで、お民は小さく身を震わせた。
と、フッと男が笑った。
「そんなに俺が怖いか?」
身体の震えを止めようとしても止められない。お民が唇を噛みしめてうつむいていると、再び声がかかった。
たとえ意に添わぬ日々を強いられることになっても、与えられた宿命(さだめ)を嘆き、毎日泣いてばかりいるのは、お民の性に合わない。
お民がぼんやりと物想いに耽っていたその時、背後で襖の開く音がした。四季の花々を繊細な筆致で描いた襖にしろ、部屋にしつらえられた瀟洒な飾りつけ、調度などすべてが女主人を迎えるにふさわしい華やかな雰囲気である。
お民自身も屋敷の門をくぐったときに身に纏っていた粗末な木綿の着物から、派手やかな紫色の地に桜の花が金糸銀糸で縫い取られた豪華な小袖に着替えさせられていた。石澤家に仕える女中たちの手によって美しく化粧を施され、きちんと結い上げたつややかな黒髪に朱塗りの櫛が映えている。
お民が少し動く度に、櫛の傍に挿した桜の玉かんざしが揺れ、涼やかな音を立てた。明るい紫の着物を金色の豪奢な帯がいっそう際立たせている。
ふいに入ってきた男を、お民は両手をついて迎えた。
闖入者は大股で部屋を横切り、当然のように上座に座る。床の間にはこの季節にふさわしく墨絵で大胆に描かれた一輪の梅の花が掛軸として飾られている。その前にも白磁の大ぶりな壺に紅梅のひと枝が投げ入れられていた。
床の間を背にしてどっかりと腰を下ろした嘉門は、感情の窺えぬ瞳でお民を見据えてきた。冷えた鋭い眼光に射竦められ、あたかも見えない鎖で身体を縛り上げられ、一切の動きを封じられてしまったかのようだ。
男は少し距離をおいて座っているだけなのに、あまりの威圧感で金縛りに遭ったかのように身じろぎもできない。
緊張と怖ろしさで、お民は小さく身を震わせた。
と、フッと男が笑った。
「そんなに俺が怖いか?」
身体の震えを止めようとしても止められない。お民が唇を噛みしめてうつむいていると、再び声がかかった。