この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
この石澤嘉門という男がよく判らない。どこまでも残酷で容赦のない、欲しい物を手に入れるためには手段を選ばぬ卑劣な男、そう思ってきたのに、この男は時折、こうして、まるで人が変わったかのごとく優しげな表情を見せる。
お民が見つめていると、嘉門が眩しげに眼をまたたかせた。改めて室内をゆるりと見回し、最後に部屋の片隅の衣桁にかけてある小袖に眼を止める。
朱塗りの衣桁には今にも飛翔せんとするかの白鷺のような一枚の小袖―山吹色の地に梅の花と菊が大胆に織り出されており、生地全体が絞りとなっている豪奢な逸品だ―。
その黄金色(こがねいろ)の小袖をしばし見つめ。
「どうだ、気に入ったか?」
嘉門が穏やかな笑みを浮かべ、問うた。
「この部屋は長らく使う者もおらず、調度なども新しいものではあったが年月も経っておったゆえ、すべてこの度、揃え直したのだ。足りぬもの、欲しい物があれば、何なりと申すが良い。そなたは女中ではない。ゆえに、ここにおる間は台所仕事も掃除もせず、ゆるりと過ごせば良いのだ」
嘉門の優しげな笑みに励まされるようにして、お民は平伏した。
「お言葉に甘えて一つだけお訊ねさせて頂きたいことがございます」
「何だ、遠慮なく申してみるが良い」
「私は本当に一年後にはお帰し頂けるのでしょうか」
刹那、嘉門の額に青筋が浮かんだ。
―私ったら、また―。
お民は嘉門の烈しい形相に怯えた。酷薄な顔を見せるかと思えば、時にふっと春の陽ざしのようなやわらかさを見せる男、お民は嘉門の優しい笑みに、つい言わずもがなのことを言ってしまう。
その度に、嘉門は怖ろしく不機嫌になるのだ。
「くどいッ。俺は約定を違(たが)えたりはせぬ。さりとて、先刻も申したように、そなたが俺の子を懐妊いたせば、たとえ一年が過ぎようとも、そなたを放免するのは無事身二つになってから後のことになろう。子ができねば、約束どおり今日より一年後には自由の身にしてやる。―何度も同じことは言わせるな」
嘉門が立ち上がる。袴の裾を蹴立てるように荒々しい脚取りで出てゆく。その後ろ姿を手をつかえて見送りながら、お民の眼に新たな涙が湧く。
お民が見つめていると、嘉門が眩しげに眼をまたたかせた。改めて室内をゆるりと見回し、最後に部屋の片隅の衣桁にかけてある小袖に眼を止める。
朱塗りの衣桁には今にも飛翔せんとするかの白鷺のような一枚の小袖―山吹色の地に梅の花と菊が大胆に織り出されており、生地全体が絞りとなっている豪奢な逸品だ―。
その黄金色(こがねいろ)の小袖をしばし見つめ。
「どうだ、気に入ったか?」
嘉門が穏やかな笑みを浮かべ、問うた。
「この部屋は長らく使う者もおらず、調度なども新しいものではあったが年月も経っておったゆえ、すべてこの度、揃え直したのだ。足りぬもの、欲しい物があれば、何なりと申すが良い。そなたは女中ではない。ゆえに、ここにおる間は台所仕事も掃除もせず、ゆるりと過ごせば良いのだ」
嘉門の優しげな笑みに励まされるようにして、お民は平伏した。
「お言葉に甘えて一つだけお訊ねさせて頂きたいことがございます」
「何だ、遠慮なく申してみるが良い」
「私は本当に一年後にはお帰し頂けるのでしょうか」
刹那、嘉門の額に青筋が浮かんだ。
―私ったら、また―。
お民は嘉門の烈しい形相に怯えた。酷薄な顔を見せるかと思えば、時にふっと春の陽ざしのようなやわらかさを見せる男、お民は嘉門の優しい笑みに、つい言わずもがなのことを言ってしまう。
その度に、嘉門は怖ろしく不機嫌になるのだ。
「くどいッ。俺は約定を違(たが)えたりはせぬ。さりとて、先刻も申したように、そなたが俺の子を懐妊いたせば、たとえ一年が過ぎようとも、そなたを放免するのは無事身二つになってから後のことになろう。子ができねば、約束どおり今日より一年後には自由の身にしてやる。―何度も同じことは言わせるな」
嘉門が立ち上がる。袴の裾を蹴立てるように荒々しい脚取りで出てゆく。その後ろ姿を手をつかえて見送りながら、お民の眼に新たな涙が湧く。