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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
 たとえ、美々しい調度に囲まれ、身を綺羅で飾って贅沢な暮らしをしようと、お民があの男の側妾であることに何ら変わりはない。
 この華やかな部屋も文字どおり妾を住まわせるために予(あらかじ)め用意された場所、お民にとってはすべての自由を奪われて閉じ込められた美しき牢獄に他ならなかった。

 その夜、お民は初めて伽の相手を仰せつかった。
 夜五ツ(午後八時頃)、嘉門が本邸の方から訪れ、お民は離れの寝所―居間と控えの間と三間続きになった奥の小座敷―で嘉門と共に寝むのである。
 やってきた嘉門を両手をついて迎え入れる。いきなり手首を掴まれ引き寄せられる。
 冷たい手だ。まるで凍てついた光を放つ両の眼(まなこ)そのままに、ハ虫類を彷彿とさせるかのような冷たい手。
 しかも指先に近づくほど、そのゾッとするほどの冷たさは増してゆくようだ。
 冷え切った指に触れられた刹那、お民は我が身までもが氷と化してしまうかのような恐怖を憶え、思わず嘉門の手を振り払った。
 夢中で逃げようとするのを背後から抱きすくめられる。
「いやっ」
 泣きながら抗うお民の耳許で男の吐息混じりの濡れた声が響く。
「逃げて、どうするというのだ?」
「―」
 お民の眼から熱い雫が零れ落ちる。それでもなお烈しく抵抗を続けるお民の首筋に唇を這わせながら、嘉門が囁いた。
「俺の子を生め、良いな」
―お前さん、私、やっぱり、こんなのは、いや!! お前さん―、お願いだから、助けて。
 お民は心の中で恋しい良意人に助けを求めた。だが、源治にその心の叫びが伝わるはずもない。
 嘉門が枕許の行灯をふっと吹き消す。途端に外の闇が閨の中にまで忍び込んできて、お民のすすり泣きや助けを求める声は、ぬばたまの闇に呑み込まれる。
 庭の紅梅がむせるように咲き匂う夜のことだった。
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