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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第4章 四
嘉門が空になった茶碗を差し出すのを見、お民が立ち上がった。茶碗を受け取って丸盆に乗せようとすると、祥月院が鋭い一瞥をくれた。
「お民どの、このようなことは、当主の側近く仕えるそなたの致すべきことではない。ご飯をよそうのも、運ぶのも女中のすることではないか。全く、当家に参ってはやひと月になるというに、いまだに武家のしきたりの何たるかも判らぬでは、先が思いやられるわ。そなたの恥は、嘉門どのの恥、ひいてはこの石澤家の恥とさよう心得よ」
祥月院は五十代半ばの整った面立ちの女性である。嘉門はどうやら母親似らしく、形の良い眼許辺りは特によく似ていた。なかなか気の強い誇り高い女人で、たとえ側女とはいえ、身分卑しい町人の女が嘉門の傍に上がったことには大いに不満を抱いているようだった。
勢い、お民への風当たりも強く、態度も棘々しいものになる。
「申し訳ございません」
お民は消え入るような声で詫びると、慌ててやって来た侍女に盆を手渡した。
侍女が勝ち誇ったような笑みを一瞬見せたのを、お民は見逃さなかった。
この屋敷の侍女たちは概ね皆、お民に対しては似たような反応を見せる。要するに、いきなり現れて殿さまのお手付きとなったお民を玉の輿に乗った―と羨んでいるのだ。
自分がこの屋敷ではけして歓迎されてはおらぬことをよく知っているゆえ、お民は祥月院や侍女のこのような仕打ちについても、もう最初ほど落ち込むことはない。
しかしながら、やはりこのようにきつく当たられると辛く、つい不覚にも涙が出そうになるのだった。
お民から盆を受け取った侍女は次の間に消えた。
その朝は常よりも更に静かな―まるで通夜か何かのように気まずい雰囲気の中で食事は終わった。
まず、嘉門が席を立つのがいつものことである。続いて祥月院を手をついて見送った後、最後にお民が退室するのだ。
その朝も食べ終えた嘉門が真っ先に立ち上がった。祥月院と共に平伏して嘉門を送り出そうとしたお民はふと顔を上げた。
「旦那さま、お待ち下さいませ」
つと立ち上がり、嘉門に近づくと白い指先で嘉門の背中についた塵をつまんだ。
「お民どの、このようなことは、当主の側近く仕えるそなたの致すべきことではない。ご飯をよそうのも、運ぶのも女中のすることではないか。全く、当家に参ってはやひと月になるというに、いまだに武家のしきたりの何たるかも判らぬでは、先が思いやられるわ。そなたの恥は、嘉門どのの恥、ひいてはこの石澤家の恥とさよう心得よ」
祥月院は五十代半ばの整った面立ちの女性である。嘉門はどうやら母親似らしく、形の良い眼許辺りは特によく似ていた。なかなか気の強い誇り高い女人で、たとえ側女とはいえ、身分卑しい町人の女が嘉門の傍に上がったことには大いに不満を抱いているようだった。
勢い、お民への風当たりも強く、態度も棘々しいものになる。
「申し訳ございません」
お民は消え入るような声で詫びると、慌ててやって来た侍女に盆を手渡した。
侍女が勝ち誇ったような笑みを一瞬見せたのを、お民は見逃さなかった。
この屋敷の侍女たちは概ね皆、お民に対しては似たような反応を見せる。要するに、いきなり現れて殿さまのお手付きとなったお民を玉の輿に乗った―と羨んでいるのだ。
自分がこの屋敷ではけして歓迎されてはおらぬことをよく知っているゆえ、お民は祥月院や侍女のこのような仕打ちについても、もう最初ほど落ち込むことはない。
しかしながら、やはりこのようにきつく当たられると辛く、つい不覚にも涙が出そうになるのだった。
お民から盆を受け取った侍女は次の間に消えた。
その朝は常よりも更に静かな―まるで通夜か何かのように気まずい雰囲気の中で食事は終わった。
まず、嘉門が席を立つのがいつものことである。続いて祥月院を手をついて見送った後、最後にお民が退室するのだ。
その朝も食べ終えた嘉門が真っ先に立ち上がった。祥月院と共に平伏して嘉門を送り出そうとしたお民はふと顔を上げた。
「旦那さま、お待ち下さいませ」
つと立ち上がり、嘉門に近づくと白い指先で嘉門の背中についた塵をつまんだ。