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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第4章 四
己れの言葉で嘉門がいかほど怒り狂うかを覚悟していただけに、お民はかえってその恬淡とした嘉門の反応が怖かった。静かすぎるその瞳が不気味に思えたのだ。
身を竦ませるお民を横眼で見て、嘉門が立ち上がった。
「今宵はゆるりと休め。流石に俺も疲れた。今夜は一人で寝る」
その言葉の意味を漸く理解したお民の頬が染まり、うつむいたのを感情の読み取れぬ瞳で見つめる。
次の間へと続く襖に手をかけた嘉門がつと振り返った。
「そんなに俺が嫌いか?」
何かに耐えるような表情、振り絞るような声。そのどちらもが、いつもの彼には似つかわしくないものだ。
お民が何か応えようとする前に、襖が音を立てて眼前で閉まった。
―そんなに俺が嫌いか?
嘉門の投げた短い問いかけが耳奥でこだまする。ああ言ったときの男の一瞬見せた淋しげな横顔が何故か心に残った。
お民は、ギヤマンの湯呑みを両手で包み込み、そっと揺らした。
落日の瞬間(とき)を迎えて更に濃くなった茜色を映したグラスの中で夕陽の色が躍る。
お民はいつまでも、そのグラスを手にしたままでいた。
もしかしたら、石澤嘉門という男は心淋しい人なのかもしれない。愛せる人もおらず、愛を返してくれる人もいなかった。そんな彼の人生の中で、もし本当に嘉門がお民を愛してしまったのだとしたら。
お民は多分、嘉門にとっては残酷な女ということになるのだろう。それでも。
お民には源治がいる。たとえ嘉門が言うように、源治が他の男の愛を受けた女を元のように受け容れてくれなくても、嫌われたとしても憎まれたとしても。お民は源治の元に戻るつもりでいる。
ある意味で、嘉門の言っていることは正しいのだろう。
嘉門によってさんざん穢されたこの身体は最早、ここに来る前のお民と同じではない。
そんな女を源治が昔のように見られなくなったとしても、少しの不思議もないのだ。
嘉門の慰みものとなった自分が源治の許に戻る資格なんて、もうないのかもしれない。また、嘉門と過ごす夜に馴れ、悦びすら感じるようになったこの身体が、真っ先にお民自身の心を裏切るかもしれない。
身を竦ませるお民を横眼で見て、嘉門が立ち上がった。
「今宵はゆるりと休め。流石に俺も疲れた。今夜は一人で寝る」
その言葉の意味を漸く理解したお民の頬が染まり、うつむいたのを感情の読み取れぬ瞳で見つめる。
次の間へと続く襖に手をかけた嘉門がつと振り返った。
「そんなに俺が嫌いか?」
何かに耐えるような表情、振り絞るような声。そのどちらもが、いつもの彼には似つかわしくないものだ。
お民が何か応えようとする前に、襖が音を立てて眼前で閉まった。
―そんなに俺が嫌いか?
嘉門の投げた短い問いかけが耳奥でこだまする。ああ言ったときの男の一瞬見せた淋しげな横顔が何故か心に残った。
お民は、ギヤマンの湯呑みを両手で包み込み、そっと揺らした。
落日の瞬間(とき)を迎えて更に濃くなった茜色を映したグラスの中で夕陽の色が躍る。
お民はいつまでも、そのグラスを手にしたままでいた。
もしかしたら、石澤嘉門という男は心淋しい人なのかもしれない。愛せる人もおらず、愛を返してくれる人もいなかった。そんな彼の人生の中で、もし本当に嘉門がお民を愛してしまったのだとしたら。
お民は多分、嘉門にとっては残酷な女ということになるのだろう。それでも。
お民には源治がいる。たとえ嘉門が言うように、源治が他の男の愛を受けた女を元のように受け容れてくれなくても、嫌われたとしても憎まれたとしても。お民は源治の元に戻るつもりでいる。
ある意味で、嘉門の言っていることは正しいのだろう。
嘉門によってさんざん穢されたこの身体は最早、ここに来る前のお民と同じではない。
そんな女を源治が昔のように見られなくなったとしても、少しの不思議もないのだ。
嘉門の慰みものとなった自分が源治の許に戻る資格なんて、もうないのかもしれない。また、嘉門と過ごす夜に馴れ、悦びすら感じるようになったこの身体が、真っ先にお民自身の心を裏切るかもしれない。