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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第1章 壱
 が、これはけして源治には言えぬことだが、左官を生業(なりわい)としている源治の稼ぎでは正直いえば、二人暮らしてゆくのがやっとという有り様なのだ。お民はいずれ、子どもを生みたいと望んでいる。兵太を喪って三年、もう一度、我が子をこの腕に抱きしめたいと願う心は日増しに強まるばかりだった。
 だが、源治の今の収入では、赤ン坊と両親、一家三人が暮らしてゆくには心許ない。ゆえに、お民自身もこの三門屋を厭な奴だと思いながらも、折角見つけた内職仕事を失うには忍びなかった。
 もう一度、鶯が思い出したように啼いた。お民はまだ啼き方もさほど上手くはないその啼き声に、現(うつつ)に引き戻される。そろそろ三門屋に行かねばならず、いつまでもここで油を売っているわけにもゆかないだろう。
 嬉しいこと、哀しいこと、様々な事がある度、お民はここに脚を運ぶ。ここに来て、ゆったりとした流れや澄んだ川の面を見ている中に、不思議と波立っていた心が凪いでくるのだ。もしかしたら、この川の底には幼くして逝った兵太の魂が宿っているのかもしれない。
―兵太、おっかちゃんは頑張るよ。兵太の分まで、張り切って生きてゆかなくちゃね。
 お民は亡き息子に話しかけるように、小さな川に向かって呟いた。
 元来た道を辿り、橋を渡って町人町の方に戻ると、お民は目抜き通りの一角に暖簾を上げる三門屋に向かって急ぎ足で歩き始めた。
 紺地に白く屋号を染め抜いた三門屋の前で、お民は小脇に大切に抱えてきた包みを持ち直し、改めて暖簾をくぐった。
 口入れ屋(周旋屋)の常として、土間から奥に入った場所には、廊下を挟んで両側に幾つかの部屋が用意してある。これは仕事を探す側と奉公人を探す側、双方のための座敷で、右側の部屋は使用人を求めるお店の番頭や主などが使い、向かい側の部屋は雇われ先を探す者たちが待機するためのものだ。
 各々、職探しをする者たちは己れの目当ての部屋に赴き、雇用のための面接―つまり、就職試験を受けるのである。
 三門屋はこういった口入れ屋ならどこの店でもするようなことの他に、例えば、店内の内装用に造花を欲しい商家などに、内職仕事で作った造花を買い上げ、直接売ることで利益を得ていた。更に、三門屋の内証が潤っていたのには訳がある。
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