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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
「さりながら、幾ら何でも早すぎましょう。お民が当家に参って、まだ五ヵ月です。もう少し、せめてひと月くらいは様子を見てはよろしいのではございますまいか」
それでも煮え切らぬ嘉門に近寄った祥月院の手が嘉門の頬に飛んだ。
「愚か者ッ。そのような愚かな男にこの母が育てたかと思うと情けない。女に現を抜かすのも結構。さりながら、そなたはこの石澤家の主(あるじ)。主たる者、我が血を引く者を残し、その者に東照大権現さま御世より連綿と続いてきたこの家を託すという大切な務めがあることをお忘れ召さるな」
祥月院はひと息に言い切ると、今度はお民に言った。
「そなたも殿の御子を宿したからには、これよりは身体を大切にし、健やかなる御子を生むことだけを第一と考えよ。そなたの身は最早、そなただけのものではない。そなたがここに参り、殿のお傍に上がった本来の役割を果たすべきときが参ったのじゃ。さよう心得て、今日よりは養生に務めるように」
祥月院は冷ややかな瞳でお民を一瞥し、その表情にふさわしい冷淡な声音で申し渡した。その瞳に、労りとか優しさといったものは微塵も感じられない。
お民は暗澹とした想いに駆られた。先ほど祥月院が見せた優しさは、いっときのものにすぎなかったらしい。この女も自分を所詮は子を生ませるための、石澤家の跡取りを生ませるための道具としてしか見ていない。
嘉門にとっては欲望を満たすための道具、ただの慰みものにすぎず、その母親にとっては、子を生むための道具なのだ。
ここには自分を一人の人間として見てくれる者は誰もいない。―それでは、自分があまりに惨めで哀れだった。身体を弄ばれるために閉じ込められ、男の言うなりになる日々。
その果てに身ごもれば、今度は、何としてでも無事に元気な子を生めと命ずる。それも、ただ石澤家の血筋を守るためだけに。
お民は嘉門の子をこの世に誕生させるために、それだけのためにこの世に存在し、この屋敷の離れで囚われ人としての暮らしを続けねばならない。
誰も、一人として、お民の心や気持ちを思いやってくれる人はいなかった。この屋敷の、石澤家の人間は、お民を人ではなく、道具としてしか見ていない。
それでも煮え切らぬ嘉門に近寄った祥月院の手が嘉門の頬に飛んだ。
「愚か者ッ。そのような愚かな男にこの母が育てたかと思うと情けない。女に現を抜かすのも結構。さりながら、そなたはこの石澤家の主(あるじ)。主たる者、我が血を引く者を残し、その者に東照大権現さま御世より連綿と続いてきたこの家を託すという大切な務めがあることをお忘れ召さるな」
祥月院はひと息に言い切ると、今度はお民に言った。
「そなたも殿の御子を宿したからには、これよりは身体を大切にし、健やかなる御子を生むことだけを第一と考えよ。そなたの身は最早、そなただけのものではない。そなたがここに参り、殿のお傍に上がった本来の役割を果たすべきときが参ったのじゃ。さよう心得て、今日よりは養生に務めるように」
祥月院は冷ややかな瞳でお民を一瞥し、その表情にふさわしい冷淡な声音で申し渡した。その瞳に、労りとか優しさといったものは微塵も感じられない。
お民は暗澹とした想いに駆られた。先ほど祥月院が見せた優しさは、いっときのものにすぎなかったらしい。この女も自分を所詮は子を生ませるための、石澤家の跡取りを生ませるための道具としてしか見ていない。
嘉門にとっては欲望を満たすための道具、ただの慰みものにすぎず、その母親にとっては、子を生むための道具なのだ。
ここには自分を一人の人間として見てくれる者は誰もいない。―それでは、自分があまりに惨めで哀れだった。身体を弄ばれるために閉じ込められ、男の言うなりになる日々。
その果てに身ごもれば、今度は、何としてでも無事に元気な子を生めと命ずる。それも、ただ石澤家の血筋を守るためだけに。
お民は嘉門の子をこの世に誕生させるために、それだけのためにこの世に存在し、この屋敷の離れで囚われ人としての暮らしを続けねばならない。
誰も、一人として、お民の心や気持ちを思いやってくれる人はいなかった。この屋敷の、石澤家の人間は、お民を人ではなく、道具としてしか見ていない。