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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 お民は、今更ながらに源治が無性に恋しかった。
 その日の昼下がりに、お民は絶望的な真実を知ることになった。祥月院の手配で早速、石澤家掛かりつけの医師が呼ばれ、お民の診察に当たった 。
 その結果、お民の懐妊が明らかになり、その日、石澤家は歓びに湧いた。嘉門の父、先代当主の兵衛(ひようえ)は二十一年前に突如として病死し、嘉門が十五歳で家督を継いだ。その当時を知る老臣たちは皆、感無量の想いで、落涙した者さえいた。しかし。
 当のお民は懐妊の事実を突きつけられた刹那、奈落の底に落ちたかのような烈しい衝撃を受けた。
―もう帰れない。あの男(ひと)に合わせる顔がない。
 嘉門の子を宿し、十月十日胎内で育て生むことを考えただけでも絶望に叫び出したいほどなのに、子を生んで身二つになったからとて、どうして、おめおめと源治の許に戻れるだろうか。
 いくら源治が待っていてくれると言っても、お民はそこまで恥知らずではない。
 医者が薬籠を抱えて帰っていった後、お民はその場に打ち伏して号泣した。
 御仏はこの自分に一体、どこまで残酷な試練をお与えになるのか。最早、ゆく先にひとかけらの希望もひとすじの光さえも見い出せないと知った時、お民の心に初めて死という道が浮かんだ。

 その日の夕刻、お民は自室にいた。常のように障子を開け放し、ボウとしたまなざしを庭に投げていた。残照が熟(う)れた石榴の実のように禍々しいほど紅く見える黄昏刻のことだった。
 夕陽が朱色の小さな花をいっそう濃く染め上げている。
 刻一刻と色を変えてゆく空を眺めながら、お民は泣いていた。これほどの涙を流しても、まだ新たに涙が湧くことに、自分でも愕きもし呆れもする。
 やがて、茜色から紫、群青へと色をうつろわせた空は、闇の色一色へと染まる。すっかり陽が落ち、辺りの風景が宵闇の底に沈み込んだ時、お民は懐からそっとひとふりの懐剣を取り出した。
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