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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 黒塗りの蒔絵が施されたそれは、この屋敷に来た日、嘉門から渡されたものだ。武門の女というのは皆、このように護身用として剣を持つのだと教えられた。災いや魔をよけるための守り刀の意味もあるのだとも。
 小ぶりな剣は、鞘と柄(つか)の部分にそれぞれ白い桜花が描かれていて、見事な細工であることは、お民にも判った。さぞ高価なものに相違なかろう。
 いずれ名のある名工の手になるものであろうが、それにしても、嘉門に与えられたこの剣で自ら生命を絶つことになるとは皮肉な話であった。
 鞘から静かに刃を抜き、その切っ先を白い喉許に当てる。その刹那、白刃が月の明かりに煌めいた。刃は己れの喉にピタリとつけたまま、お民は腹部に手のひらを押し当てた。
 医者の診立てでは、腹の子は既に四月(よつき)に入っているという。考えたくもないことだが、月数から考えれば、三月(みつき)前の弥生の末、椿の花冠を浮かべた風呂で嘉門に幾度も抱かれたあの頃に身ごもったに違いなかった。
 忌まわしい夜を思い出させるだけの赤児、嘉門に犯され夜毎責め立てられた陵辱の証。腹の子を不憫だと思う心はあったけれど、ただ弄ばれただけの末に身ごもった子を愛しいとは思えない。
 ここに、生命が、小さな新しい生命が息づいている。でも、その生命の芽は摘み取られてしまうだろう。他ならぬこの母の手で。
 お民が息絶えれば、共に腹の子も死ぬ。子どもには何の罪もないけれど、母に疎まれて生きてゆくよりは、よほど幸せかもしれない。
 何より、お民自身がもう限界だ。予期もせぬ懐妊を知ったその瞬間、お民の心は壊れてしまった。源治に再び逢える日だけを愉しみに今日まで何とか辛い日々にも耐えてきたが、もう、これですべてが終わりだ。
 張りつめていた糸が断ち切られたように、お民の心には最早、生きる力も、生きたいと願う気持ちもない。源治の許に帰るという目的があったからこそ、お民は生きてこられたのだ。
 そのたった一つの道標(みちしるべ)を失った今、お民がこの世に存在する意味もなくなってしまった。
 お民が鈍く光る刃を力を込めて引こうとしたまさにその時。
「何をしている、止めよッ」
 嘉門の悲鳴のような声が張りつめた静けさを破って響き渡った。走ってきた嘉門に有無を言わさず懐剣を取り上げられる。
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