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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 嘉門はお民から奪った懐剣を手の届かぬ場所に放り投げた。
「そなたは自分が何をしでかそうとしておったか判っているのか?」
 嘉門の怒気を孕んだ声が降ってくる。うなだれたお民の頬を刹那、火球が炸裂するかのような痛みが見舞った。
「それほどまでに俺の子を生むのが厭なのか。自分で自らの生命を絶とうと思うほどに!」
 頬を押さえて瞳にうっすらと涙を滲ませたお民に、嘉門は静かすぎる声音で言う。それは先刻までの怒りに満ちた荒々しさの片鱗すら残してはいない。
 お民を打った嘉門の方が、打たれた当人のお民よりも辛そうな顔をしていた。痛みを堪(こら)えるような眼で嘉門はお民を見つめた。
「腹の子に罪はない。頼む、漸く待ち望んだ子に恵まれたのだ。生んではくれぬか」
 どれほどの静寂が続いただろう、唐突に嘉門が言った。
「そなたにとっても待ち望んだ子ではないのか?」
 お民は溢れる涙をぬぐおうともせずに、眼を伏せた。
 四年前に亡くなった我が子兵太を一日として忘れた日はなかった。兵太を突如として失ってからというもの、ずっと子どもが欲しいと焦がれるように願ってきたのだ。だが、その祈りにも似た望みがこのような形で叶えられるとは想像だにしなかった。
 兵太を失ってから、最初の良人兵助との間に二度と子は恵まれず、一度は、再び母となることを諦めようとさえした。兵助の死後、源治と再婚して一年、月のものが少しでも遅れる度、もしや―と儚い希望を抱いたが、その度にがっかりして泣くことになった。
 そんなことの繰り返しだった。
 それなのに、嘉門に抱かれるようになってたった数ヵ月で、何故、自分は身ごもってしまったのだろう。このときほど、己れの苛酷な宿命(さだめ)を恨めしいと思ったことはなかった。
「良いな、馬鹿げたことは二度と考えるでないぞ。折角授かった子ではないか、身体をいとうて、健やかな子を生め」
 嘉門の手がそっとお民の頬に触れる。
 つい今し方、嘉門が殴った箇所だった。まだかすかに痛みが残っているその場所を、嘉門が撫でた。
「判ったな」
 念を押すような口調には、到底逆らいがたいものがある。
 お民は力なく頷くしかなかった。
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