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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 よく熟れた石榴の実を思わせる円い月、不吉なほどに紅く染まった、けれど、この世のものとも思えぬほど美しい月。その月の光を浴びて、石榴の実はいっそうその色を濃く深くしている。
 気の早い虫の声が繁みの向こうから響いてくる。昼間はまだ残暑の厳しい葉月下旬は、夜になっても昼の暑熱の余韻を残している。
 悪夢を見たせいもあってか、うっすらと汗ばんだ額にひとすじ、前髪が張りついていた。その髪をうるさそうにかき上げたその刹那、お民は下腹部からつうっと生温かいものが溢れ出るのを感じた。その何とも厭な感覚は太股をつたい、脚を濡らしている。
 お民は何げなく脚許を見て、小さな悲鳴を上げた。
 血が、紅い血がひろがっている。
 そう、丁度、夜空に昇った今宵の月のように紅く、石榴と同じ色をしたもの。
 私の血が身体から溢れ、大地を不吉な色に染めようとしている。この色はきっと罪の色―。
 私が、私の身体を欲しいままに辱めた男が、犯してしまった過ちを御仏が罰せられたのだ。いっそ、このまま、身体中の血が流れ出てしまえば良い。
 そうすれば、私もやっと死ねるだろう。
 忌まわしい想い出も辛い記憶も何もかも棄て、幸せだった頃の想い出だけを胸にしまって、永遠(とわ)の眠りにつくことができる。
 私の流した血が大地に還(かえ)れば、その血も大地を潤す糧となり、私たちの犯した罪も浄化されるに違いない。
 お民は、ぼんやりと月を見上げながら、泣いていた。
 自分でも何が哀しいのか判らなかったけれど、涙はとめどなく溢れ続け、白い頬を濡らす。眼から涙を流し、下からは血を流しながら、お民はその場に立ち尽くす。
 隣室で眠っていた侍女が異様な気配に気付き、起き出してきたようだ。寝間へと続く襖を開けた侍女の眼に映じたのは、何とも凄惨な光景だった。
 月を見上げて、うっすらと微笑みながらも、何故か泣いている女主人を見、更にその脚許を見た侍女は絶叫した。
 この館の主が異常なほどの執着を見せて寵愛する美しき側女の脚許には血溜まりができていたのである―。
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