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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 嘉門がお民に暇を出すと宣言したのは、お民が意識を取り戻した直後であった。その後、一ヵ月間、お民は石澤家の離れで療養生活を送り、今日、やっと外の世界に立ち帰ることが許されたのだ。
 子が流れてからというもの、嘉門はついに一度としてお民の許を訪れることはなかった。それでも、意識のない間は、何度かお民の許を訪れ、一度はひと晩中、傍についていたこともあったと、これは、お付きの若い侍女から聞いた話である。
 この侍女は、お民を何かと冷たい眼で見ていた石澤家の侍女たちの中では比較的、好意的で話しやすかった。
 不思議なことに、あれほど嘉門の子を生むことを厭うたにも拘わらず、子を喪って、お民は初めて子への愛しさを憶えた。まるで我が身の内にぽっかりと大きな空洞ができたような気がした。
 そう、この六ヶ月間、自分はあの子をこの身体の中で育ててきたのだ。あの子と自分は文字どおり一心同体だった。そのもう一つの自分、片割れを失ったのだ。自分の身体の一部が欠けたように感じても、何の不思議はなかった。
―ごめんね。おっかさんを許して。
 あの子が生きていた頃には、けして良い母ではなかった。日に日に自分の胎内で育ちゆく子の存在を男に陵辱された末の証として、何より疎ましいもののように思いさえしたのだ。
 どうして、もっと愛してやらなかったのか。
 こんなに儚い生命なら、この世に生まれ落ちることさえ叶わないというのなら、心からの愛を与えて、大きく膨らんでゆくお腹を何度も撫でてやれば良かった。
 この腕についに抱くことなく、あの子を逝かせると判っていれば、惜しみない愛を込めて、そうしただろう。
 大量の血とともに我が子を失ったあの日。
 何故、自分があんなにも泣いたのかは自分にも判らない。
 あの時、流したのは何の涙だったのだろう。
 血を流し尽くして死んでゆく己れへの涙か、それとも、この世の光を見ることもなく、闇路に旅立つ我が子への哀憐の涙か。
 今となっては、ひっそりと旅立った子どものことだけが心に残った。
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