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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第6章 第2話・壱
 あの時、自分はもしかしたら二度とは戻れぬ修羅の橋を渡るのかもしれない。そう漠然と思ったものだったけれど、どうやら、それは酷い現実となってしまったようだ。
 たとえ、現実の橋を越えることはできても、心の橋までは渡れない。心と心を繋ぐ橋、源治の心とお民の心を繋げる橋を、お民が渡って愛しい男の心に辿り着くことはできないのだ。
―こんなに好きなのに。
 お民は思わず眼に溢れた粒の雫を手のひらでぬぐった。
 かすかに水の匂いを含んだ夜風がお民のはらりと額にかかったひとすじの髪を嬲る。
 物想いに沈んでいる間に、いつしか雨は完全に止んでいた。雨上がり特有の土と水気をたっぷりと含んだ夜気が周囲に満ちている。
 あれほど重たげな鈍色の雲が幾重にも覆っていた空は随分と明るくなっている。雲の流れも速く、時折、雲間から細い月光が差していた。
 この世には、どうにもならないことがある。
 互いの想いが変わらずとも、こうして、すれ違い、亀裂はどどん大きくなってゆき、越えられないほどに溝は深くなる。
 心はこれほどまでに源治を求めているというのに、どうして身体が言うことをきかないのだろう。源治に触れられる度に、何故か、あの男の指先を思い出してしまうのだ。
 お民の白い裸身のを丹念に辿ったあの男の熱い唇やまなざしをつい思い出してしまう。お民の身体の隅々を嘗め尽くすように熱っぽい視線を意識する度に、お民はあたかも現実に男に犯されているかのように四肢に妖しい感覚を憶えたものだった。
 だからといって、あの男自体に愛しさを感じているわけでもなく、未練を抱いているわけでもない。それなのに、あの男に貪り続けられたこの身体は、あの男の指先の感触を厭というほどしっかりと憶え込んでいる。あの視線で犯されたときにひろがったような妖しい震え、あの震えを感じたときの心地良さがお民の身体にきっちりと刻み込まれている。
―汚れ切った、この身体。
 お民は自分で自分の身体をギュッとかき抱いた。
 あの男に弄ばれ続けた自分の身体はもう、他の男を受け容れることができなくなってしまったのかもしれない。自分の身体さえ己れの心の思うがままに動かせないのが情けない。まるで身体と心を真っ二つに引き裂かれたように苦しい。
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