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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第6章 第2話・壱
 三月半ばの夜は、昼間の陽気が嘘のように肌寒い。ましてや、冷たい雨が降り続いた夜更けは、空気は氷のような冷たさを孕んでいる。薄い夜着一枚きりで飛び出てきたお民は、既に身体の芯まで冷え切っていた。
 寒い、まるで身体が内側から徐々に凍っていっているのではと思うほど寒くてたまらない。
 お民はあまりの孤独と絶望感に、棄てられた仔犬のように身を震わせる。
 その時、背後から、ふわりと肩に温かなものがかけられ、お民は愕いて振り向いた。
 眼を見開くと、ほのかな月明かりを浴びて、源治がひっそりと佇んでいた。
 淡い月光が源治の精悍な貌を縁取っている。怯えた仔犬を見つめるような複雑そうなまなざしには、女への愛おしさと憐憫とわずかにもどかしさの色が混じっていた。
 そのやるせなげな男の瞳の色が、お民にはこたえた。多分、お民さえ、嘉門の亡霊に引きずられることがなければ、源治はお民を受け容れてくれる。源治が嘉門と過ごしたお民の八ヵ月間に拘っているのは、お民自身のせいだ。お民が嘉門との記憶に縛られることがなければ、源治はお民が嘉門の側妾であったことをお民に思い出させるようなことは一切言わないはずだ。
 源治とは、そういう男だ。自分の心よりもお民の心の方を気遣ってくれるような優しい男なのだ。なのに、源治がこうまで頑なになり、過去を持ち出そうとするのは、お民自身が過去を忘れようとしないから。
 あの男と過ごした夜の記憶は、忌まわしい汚辱にまみれたもののはずなのに、何故、断ち切ることができないのだろう。
 すべてを承知でお民を両手をひろげて迎えようとする男に、何故、素直に心から身を委ねることができない? 
「ごめんなさい、黙って勝手に一人で飛び出しちまって」
 源治の着せかけてくれた綿入れの袢纏が温かい。それが、今の男の心のようで、お民は嬉しさと申し訳なさで泣けてきた。
「良かった」
 源治がお民を引き寄せた。
 このような優しいだけの抱擁なら、平気なのに。いや、今のお民にとっては、こうして源治の懐にただ抱かれている瞬間こそが、何より心安らげるひとときなのだ。
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