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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
―一度、男の慰みものになったら、後は何人でも同じってことなのか。酔っ払いの相手をするような店に勤めて、男の機嫌を取るのがそんなに愉しいのか、お前はッ。大体、俺が働いてる最中に、一人で出かけて何をしてるか知れたもんじゃねえな。
その言葉に、お民は固まった。まるで脳天を何かで打たれたような衝撃が走った。
―お前さんは、私をそんな女だと、お前さんのいないところで何をしてるか判らないような、ふしだらな女だと思ってたんですね。
あんまりだと思った。確かに、自分は石澤嘉門の側妾になった。でも、けして自分で望んだことではない。徳平店を守るために、ここに住む人たちのために、人柱になったようなものではないか。なのに、源治は、お民の心を少しも判ってはいない。
初めて嘉門に手込めも当然に抱かれた夜、どれほど怖かったか。夜毎、恥ずかしさと屈辱に耐えながらも懸命に辛抱したのは、源治の許に帰ってきたいと願ったからではないか。
これでは、自分があまりに惨めだ。結局、お民はその喧嘩以来、源治とは口をきいていない。その一膳飯屋には、とりあえずは断るしかなかった。昨日、亭主に相談してから返事をすると言って帰ったのだ。今は、その店に行った帰り道である。そろそろ六十に手が届こうかという主人は落胆を滲ませた表情で、
「お前さんのような人が来てくれたら、うちとしても助かるなぁと家内とも話してたんだかね」
と、残念そうに言った。
折角の良い奉公先ではあったが、致し方ない。源治の機嫌を損ねたまま、あの店で働くことはできない。それでなくとも、お民が何かと理由をつけて、夜の源治の求めを拒み続けているため、源治の機嫌はすごぶる悪い。
これ以上、良人との仲が険悪になるのだけは避けたかった。
お民は縹やの店先でしばし脚を止めた。
店先には様々な簪が並んでいる。眼にも鮮やかな色とりどりの簪や、櫛、笄。その中の一つに、お民は眼を奪われた。
黒い小さな玉が一つだけついた素朴なものだが、その中に精緻な桜が幾つか丹念に描かれている。玉には細い銀鎖のようなものがついていて、鎖の先に蝶を象った飾りがついている。蝶の羽根の部分には透明に輝く石がはめ込まれていた。
その言葉に、お民は固まった。まるで脳天を何かで打たれたような衝撃が走った。
―お前さんは、私をそんな女だと、お前さんのいないところで何をしてるか判らないような、ふしだらな女だと思ってたんですね。
あんまりだと思った。確かに、自分は石澤嘉門の側妾になった。でも、けして自分で望んだことではない。徳平店を守るために、ここに住む人たちのために、人柱になったようなものではないか。なのに、源治は、お民の心を少しも判ってはいない。
初めて嘉門に手込めも当然に抱かれた夜、どれほど怖かったか。夜毎、恥ずかしさと屈辱に耐えながらも懸命に辛抱したのは、源治の許に帰ってきたいと願ったからではないか。
これでは、自分があまりに惨めだ。結局、お民はその喧嘩以来、源治とは口をきいていない。その一膳飯屋には、とりあえずは断るしかなかった。昨日、亭主に相談してから返事をすると言って帰ったのだ。今は、その店に行った帰り道である。そろそろ六十に手が届こうかという主人は落胆を滲ませた表情で、
「お前さんのような人が来てくれたら、うちとしても助かるなぁと家内とも話してたんだかね」
と、残念そうに言った。
折角の良い奉公先ではあったが、致し方ない。源治の機嫌を損ねたまま、あの店で働くことはできない。それでなくとも、お民が何かと理由をつけて、夜の源治の求めを拒み続けているため、源治の機嫌はすごぶる悪い。
これ以上、良人との仲が険悪になるのだけは避けたかった。
お民は縹やの店先でしばし脚を止めた。
店先には様々な簪が並んでいる。眼にも鮮やかな色とりどりの簪や、櫛、笄。その中の一つに、お民は眼を奪われた。
黒い小さな玉が一つだけついた素朴なものだが、その中に精緻な桜が幾つか丹念に描かれている。玉には細い銀鎖のようなものがついていて、鎖の先に蝶を象った飾りがついている。蝶の羽根の部分には透明に輝く石がはめ込まれていた。