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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
 後ろを振り返り、キッとして嘉門を見据える。
「私はもう二度と、あなたさまのお側に上がるつもりはございませぬ。あなたさまと私のご縁も既に切れたものと思うておりますれば、どうかもう今後は私の前にはお姿をお見せにならないで下さいませ」
 嘉門は怒ったようでもなく、心底呆れたように鼻を鳴らした。
 相当量の酒を呑んでいるのか、嘉門からは酒の匂いが漂ってきた。嘉門が酒豪であることを、長らく側にいたお民は知っている。
 嘉門という男は、けして酒に酔うことはない。むしろ、呑めば呑むほど、醒めてゆくような訳の判らなさを持っていた。その飲みっぷりを見ていると、酒を呑むことを愉しんでいるというよりは、何かを忘れたくて盃を重ねていく中に、意識が冴え、むしろ余計に現実を意識してしまう―そんな感じだ。
 ゆえに、浴びるほど呑んでも、表には出ない。酔えば酔うほどに、顔は紅くなるどろこか、蒼褪め、眼は異様な輝きを帯びて座っていく。酔ったときの嘉門は常より更に不気味で凄みがあった。うっかりそのようなときに閨に引き入れられでもしたら、いつもより更に容赦なく責め立てられ、酷い目に遭う。
 お民もそんなときは、できるだけ側に近づかないようにしていたものだ。
「そなたもつくづく愚かな女子だな。ま、そなたの強情さは俺もよくよく存じてはいるつもりだが、全く少しも変わってはおらぬようだ。我が屋敷に参れば、このような簪どころか、どのような高価な櫛も簪でも手に入るものを。そなたの恋しい男とやらは、こんな安物の簪一つすら、女房に買うてはやれぬ不甲斐なき亭主か」
 嘲笑うように言った男を、お民は瞳に力を込めて睨む。
「石澤さま、私どもは確かにその日暮らしの貧乏人にはございますが、良人は少なくとも昼間から酒を呑んで、見境なく町中で人に絡むような方とは違いまする」
 お民は断じると、さっさと後はもう後ろも振り向かず歩いた。だが、何を考えているのか、嘉門はお民の後にピタリとついてくる。
 よもや人の行き来の多い往来でいきなり無体なことを仕掛けてくるとは思えないけれど、やはり正直、怖かった。
 それに、相手は町人ではなく、見るからに立派な身なりをした武士なのだ。お民が絡まれていたとしても、果たして助けてくれる者がいるかどうか。
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