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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第7章 第2話・弐
 江戸の町が一年で最も活気溢れる季節だ。
 そんなある日、お民は日課の随明寺詣でに出かけた。
 石澤嘉門がお民の後をつけ回していた―、そのことをお民は源治には告げてはいない。話せば、また源治を心配させてしまうからだ。
 自分が尾行されていたことなぞ、ちっとも気付いてはいなかっただけに、不気味というか怖いと思う。今も、もしかしたらあの男がどこかから蛇のようなねっとりとした視線で見つめているのかと想像しただけで、鳥肌が立つようだ。
 嘉門の側妾としての奉公は一年という期限つきのものだった。が、幸か不幸か、嘉門の子を懐妊したお民があえなく流産してしまったことで、年季半ばにして源治の許に帰された。
 しかも、お民に年季明けを待たずして暇を出したのは、他ならぬ嘉門自身だと聞いている。それなのに、何ゆえ、今更、お民をつけ回したりするのだろうか。
 以前の嘉門は酒豪ではあったが、昼間から酒を呑むような人ではなかった。閨の中では執拗に責め立てられ、辛い想いもしたけれど、お民が嘉門の母祥月院から辛く当たられているときは、実の母親に刃向かってまで庇ってくれたし、そういう優しさや労りを示してくれた。
 人としての節度はわきまえた男という印象だったのだが、久しぶりに眼の前に現れた嘉門は真っ昼間だというのに、酒の匂いを撒き散らし、かなりの量を呑んでいるようだった。
 以前から気になっていた彼に纏い付いていた翳りがいっそう濃くなっている。
 一体、何が嘉門を変えてしまったのか。
 墓参りを終えた後は、一膳飯屋〝花ふく〟に戻った。ここはまだ勤め始めたばかりだが、主人の老夫婦は優しく、お民を実の孫のように可愛がってくれた。また、お民も生来、身体を動かすことは好きなので、くるくるとよく働くので重宝している。
 この頃、〝花ふく〟では美貌の女が仲居をしていると噂が立つと、現金なもので若い男がお民目当てに通ってくるようになった。急に客が増えたもので、余計に主夫婦も機嫌が良い。
 二日前の夜には仕事を終えた源治が立ち寄り、飯を食べていった。お民の仕事が終わるまで店で待ち、連れだって徳平店に帰った。
―あんた、果報者だねぇ。こんな美人の嫁さん貰ってさ。おまけに気もよくつくし、働き者じゃないか。
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