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琥珀色に染まるとき
第1章 雨に濡れたボディーガード
第一章 雨に濡れたボディーガード
六月一日水曜日、午前七時。
梅雨にはまだ早いというのに、今朝も雨はしとしとと降っている。まとわりつく空気としつこい長雨の季節が、忍び足ですぐそこまで来ていることを知らせるように――。
真白なシャツに腕を通し、第二ボタンまでしっかり閉じる。ストッキングに足をくぐらせ、黒いパンツスーツに身を包む。ゆるくウェーブをかけた長い暗髪を両手で後ろにはらえば、脳内は仕事に切り替わる。
東雲涼子(しののめりょうこ)は、小さく息を吐いて寝室をあとにした。
平凡なLDKの部屋は殺風景で、必要なものしか置いていない。リビングスペースの壁際に陣取っている液晶テレビが、最近では不必要なものになりつつある。
ソファーとガラステーブルの間を抜け、シンプルなベージュのカーテンを開けると、窓一面には湿った景色が広がった。閑静な住宅街に建つ八階建てマンションの六階から見る眺めなど、たいしたことはない。
瞬間、ずきりと打たれるような頭痛を感じ、涼子は濡れる窓を一瞥してキッチンへ向かった。
こうしてカウンターキッチンに立っても、正面に見えるのはひとけも色気もない部屋だし、もともと嫌いではない料理も愉しむ時間がないため、一見便利なこの空間も存在意義をなさない。
引き出しから鎮痛薬の箱を取り出し、コップに水を注ぐ。透明な液体がコップを満たしていくさまをぼんやり見つめていると、いいようのない感情にとらわれた。心が静まるのを待つ間にコップは飽和状態になり、溢れた水が指を濡らしてはシンクにぽたぽたと落ちていく。
今の自分と同じだ、と涼子は思った。
こんな陰鬱な雨の日、心には飽和寸前の感情が揺らめいている。気を抜けば一気に溢れ出し、襲いかかってくる黒い影。それに呑みこまれてしまえば、これまでの努力が無駄になる。