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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
「……またそんな、ふざけて」
「本当のことだ」
そう笑った西嶋のヘーゼルの瞳が、ふと、潤んでいるように見えたとき、彼はおもむろにカウンターに手を伸ばし、グラスを手に取った。
美しい琥珀色を眺めながら、彼は穏やかに笑む。
「俺は、お前の笑顔と酒が好きなだけの単純な男だ」
「え、なに、いきなり」
「俺のそばで幸せそうに笑っているお前と一緒に飲むウイスキーが、一番美味いと思っている」
「……なんなの」
「でもお前はしばらく禁酒だから、ウイスキーを飲む俺のそばで笑っていてくれ」
「……ふっ」
こらえきれず、あはは、と涼子は肩を揺らして笑った。つられて笑う彼の優しい表情を見ていると、心の底から嬉しさがこみ上げてくる。単純なのは自分のほうだと思った。
過去に感じた苦しみも、なかなか離れない哀しみも、癒えない傷も、気の遠くなるような時間を経て、尊い人生になる。
無色透明な時間が、ゆっくりと色づいて、生涯の思い出になる。
心に空いた穴は、すぐには塞がらないかもしれない。雨の日には、その隙間に染みこむ、湿った哀しみの気配を感じるかもしれない。
それでも……
この心が、この愛が、見事な琥珀色に染まったとき――この人生は幸福な運命として、大切な誰かとの縁を繋いでいく。
そう、信じている。
愛する男の手の中で、美しい琥珀色が煌めいた。
『琥珀色に染まるとき』【完】