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琥珀色に染まるとき
第1章 雨に濡れたボディーガード
頭の中を覆いつくしそうな雑念を、錠剤とともに水で喉の奥へ勢いよく流しこむ。そうして一つ、深い息を吐き出した。
――これでいい。これで、落ち着ける。
仕事用の黒いバッグを片手に玄関へ急ぎ、シンプルな黒いパンプスに足を入れる。白い無地の傘を手に取ると、おもむろに玄関の扉を押した。一歩踏み出せば、雨の気配に包まれて吐き気がした。
エレベーターで一階に下り、エントランスを抜ける。ひんやりと湿り気を帯びた風が頬をかすめた。見上げれば、視界に飛びこんでくるのはどこまでも広がる曇天――。気味の悪い空気を切り裂くようにすっと傘を開き、涼子は歩き出した。
駅までは徒歩十分。それから都心部に向かう電車に乗り二十分、車両内に充満する雨の日特有の臭いと格闘しながら勤め先の最寄り駅まで揺られる。
電車や駅のホームにはあまりいい思い出がない。できれば避けたい交通機関だが、通勤のためにはそんなこともいっていられない。
目的の駅で降車し、改札を抜けて外に出ると、いくつもの傘が行き交う光景が目に入った。人々が雨から自分の身を守りながら、それぞれの行くべき場所に向かっている。
その中で、涼子もほかと同じく傘を差して歩く――いたって普遍的なことだ。
GPS機能やSNSといった、使い方によっては容易に相手を束縛し、支配することができるツールを当たり前のように使いこなす現代人。誰がどこでなにをしているのか、知ろうと思えばそれほど労力を使わずに知ることができる今の世の中。
人々は、無意識のうちに互いを束縛し合って生きている。そして、それが普通であると集団で主張している。たとえ声に出さずとも。
すれ違う人々のうち、涼子の職業を正しく予想する者が何人いるだろうか。それは限りなくゼロに近いだろう。
ボディーガードは、決して彼らにとって身近な存在とはいえないのだから……。