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琥珀色に染まるとき
第19章 面影との再会

「行きましょう」
涼子は顔も合わせずにそれだけ言うと、自分で車のドアを開けて助手席に座り、静かにドアを閉めた。景仁も運転席に乗りこみ、急いでドアを閉めると、風の音もなにも聞こえない車内に、しん、という音が漂った。
「涼子……なにがあった」
「今日は、もう自分の家に帰るわ」
「涼子」
その冷たい手を握っても、彼女は握り返してこない。
「大丈夫よ。帰りましょう」
「涼子。俺の目を見て話せ」
頬を包んで引き寄せても、彼女は俯き、伏せられた長いまつげにその瞳を隠してしまう。
「涼子……悪かった。意地でもお前を一人にするんじゃなかった」
「仕方ないの。あの状況では、仕方なかったの。私は大丈夫だから、早く帰りましょう」
感情の読めない声でそう言ったきり、涼子は黙りこんでしまった。
それからマンションに送り届けるまで、彼女は一言も発さず、涙を流すこともなく、ぼんやりと車窓の景色を眺めていた。景仁に話す隙も与えなかった。
閑静な住宅街に佇む、見慣れたマンションの前に車を停める。
「涼子」
「……ありがとう」
景仁の言葉を遮るように呟くと、彼女は一瞬だけ笑みを見せた。触れたら崩れてしまいそうなその儚い笑みに、伸ばしかけた手を止める。
その隙にドアを開けて車から降りた彼女は、外の空気に身震いし、コートの前を押さえながら小走りでマンションのエントランスに入っていった。その片手にはバッグと、小さな紙袋がしっかりと握られている。
その後ろ姿を見送りながら、景仁は自分を心底情けなく思った。彼女はこちらに背を向けた時点で、おそらくもう泣き出していた。きっと、部屋に戻って一人で哀しみに耐えるのだろう。
幸せな誕生日にしてやりたかったのに……。自分の胸で泣かせてやることすらできなかった。景仁はそんな自分を悔いながら、ハンドルに顔を伏せてきつく目を閉じた。

